宇宙太陽光発電システム(SSPS)という技術がある。巨大な太陽電池を宇宙に浮かべて発電し、レーザーやマイクロ波で地上に送電するというものである。
実現すれば、無限にクリーンなエネルギーを人間は手に入れることになる。だがもちろん、これを実現するためには多くの課題がある。
・安価で軽量で丈夫な太陽電池
・宇宙に多くの資材を多く打ち上げるロケット技術
・宇宙でkm規模の太陽光パネルを組み立てる技術
・レーザーあるいはマイクロ波等による大容量で高精度なエネルギー伝送システム
・経済性、社会の受容性
各課題はどれも重く、目標値は現時点に比べて性能やコストを1桁、2桁と桁違いに解決しなければならないようなものばかりである。
それに、もしこの諸課題がすべて解決するくらいの技術進歩があったなら、わざわざSSPSなど持ち出さずとも、温暖化問題ぐらいは別の方法で解決してしまうかもしれない。良い太陽電池ができてしまえば、砂漠で大量に発電すれば良い。大容量で高精度なエネルギー伝送システムができれば、それを地上で活用すれば良い。
では、SSPS開発にはどのような戦略で臨んだら良いか?
明らかに、上述の課題を全て解決する単独のプログラムというものはあり得ない。それは科学技術の一切合切をすべて1つのプログラムで開発していくと宣言していくのに等しいからだ。
その一方で、幸いにして上述の課題1つ1つを見ると、それら自身のほとんどは、自律的に進歩する動機を持っている。つまり収益性のあるマーケットが存在し、それに向けての技術開発が進められて性能が向上し、コストが低減している。
太陽電池は急速に進歩している。ロケットは民間ビジネスにもなってきて、近年ではスペースXが話題になっている。レーザーはすでに光通信で使われているほか、近眼治療、レーザー照明、レーザーディスプレイ、部品切断、ミサイル迎撃等、多様な用途で技術が進歩している。マイクロ波によるエネルギー伝送システムも電気自動車やドローンへの給電用途などで進歩している。
これらの急速な進歩を見ていると、SSPSが2050年に実現することだって結構ありそうな気がしてくる。
ここで参考になるのは、ピクサーの話だ。ピクサーは、長編コンピューターアニメーション映画『トイ・ストーリー』を1995年に誕生させヒットさせた。成功の秘訣は、経営判断に未来予測を利用したことだった。完全なデジタル映画というアイデア自体は、1972年にはすでにあった。だがトイ・ストーリーを実現するまでには20年以上あった。では、この途中は何をしていたか?
実は1990年に、コストの試算をすると当時の計算機能力が低いため、コストが高いことが判明した。そこでピクサーは一旦手をひいて、あと5年待つことにした。計算機の世界では「ムーアの法則」があり、5年後の性能は予想できた。そして5年後、トイ・ストーリーが誕生した。
以上を参考にすると、SSPSの研究開発戦略は以下のようになる。
① 最新の技術情報を集め、それによるSSPSの概念設計と大雑把なコスト試算を行う。
② もしもこの段階でまだ実現可能性がないか、コストが高ければ、あと5年待って、①へ戻る。
③ もし実現が10年程度といったタイムスパンで予想できるならば、対象を絞った要素技術開発を行い、次いでシステムの具体的な開発に着手する。
何しろSSPSぐらいのスケールの話になると、それを可能にする要素技術が、いつ、どこまでどう進歩するかも分からないが、それらの最新成果に依拠して初めて可能になることもまた確実だからである。
だから、今から要素技術を決め打ちするのはナンセンスで、将来時点になってから、その都度、有望そうな技術上の選択肢を検討するしかない。
もちろん、いよいよ実現できそうだとなれば話は別で、経済性や社会的受容性を考えつつ、具体的にSSPSの研究開発を進めていかねばならない。これは当分先の話だろう。
ニュートンは、力学についての大発見をした後で、「私は巨人の肩に乗ったので、遠くまで見通せた」と言った。彼は科学技術の蓄積を巨人に例えたわけだ。SSPSを開発するためにも、巨人の肩に飛び乗らねばならない。巨人はどんどん成長する。課題は、いつ、どうしたら、うまく飛び乗れるかということだ。