メディア掲載 外交・安全保障 2018.04.10
国際政治において他国の外交・内政に影響を及ぼす力(パワー)には、大きく分けてハードパワー(軍事力など物理的な強制力)とソフトパワー(自由な価値や文化的魅力によって導く力)が存在するといわれてきた。このソフトパワーを提唱した国際政治学者のジョセフ・ナイ氏は、2つのパワーを適切に組み合わせ、世界が共有できる物語(ナラティブ)を生み出す外交政策=スマートパワーの重要性を指摘していた。
しかし、今日の分断を深める世界において、ナラティブの共有は途方もなく遠のいているようにみえる。国際民間活動団体(NGO)フリーダム・ハウスが指摘するように、過去20年間に世界の国内総生産(GDP)は大きく成長し、グローバル化と情報社会の普及が進んだものの、民主主義や社会の自由化は停滞が続いている。多くの新興国は自らの権威主義体制を変革することなく経済的に台頭し、情報技術やデータ集積を自らの政治体制をより強固にするツールとして見出すようになった。
こうした中、権威主義国家が、自国内への政治・文化的影響力(ソフトパワー)の浸透を最小限にしつつ、民主主義国家の自由で開かれた社会に根ざす脆弱性に狙いを定め、影響力を行使する現象が増えている。ロシアは米大統領選挙や欧州諸国の選挙に、ソーシャルメディアやニュースサイトに組織的に介入し、世論の分断や投票行動に大きな影響を与えた可能性が指摘される。また中国は貿易投資や国内の認可制度、さらには一帯一路構想を通じたインフラ投資事業などを、自国に望ましい政策を導くためのリンケージ(連関)の手段として用いている。
米国のシンクタンク全米民主主義基金(NED)は権威主義国家のこうした影響力の行使を「シャープパワー」と名付けた。その目的は、思想や表現の自由、開かれたメディア、民主的手続きの脆弱性を徹底的に攻撃し、民主主義制度のパフォーマンスを低下させることである。権威主義国家と民主主義国家の非対称性こそが、シャープパワーの源泉である。
これまでのシャープパワーをめぐる議論は、主にロシアや中国の民主主義国家の制度と社会に対する攻撃・分断・浸透工作に焦点が当てられていた。しかしこの概念は、中国を中心とする権威主義国家が独自の経済システムを広域に浸透させるパワーとして発展する可能性を帯びている。民主主義国家がガバナンスや透明性の確保にこだわり新興国への投資に手間取っている間に、一帯一路構想の対象となる経済圏では中国型のインフラ投資、消費市場、物流や金融システムが拡大していく。こうした国際政治の新しいナラティブの登場こそが、シャープパワーの真骨頂であろう。