日本にとって最も重要な同盟国である米国がドナルド・トランプ政権の下で迷走している。
トランプ政権の政策運営はこの1年間に、減税政策や一部の安全保障政策では一定の評価を得た政策もあった。
しかし、減税改革を主導したゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長は3月6日に辞任を表明した。
そのコーン氏が最後まで強く反対したと言われるのが通商拡大法232条により鉄鋼とアルミニウムにそれぞれ25%、10%の輸入関税を課す措置である。
コーン氏らの反対にもかかわらずトランプ大統領が実施を決定し、コーン氏は政権を去った。その1週間後の13日にはレックス・ティラーソン国務長官の解任も発表された。
この法案はそもそも国家安全保障上の脅威を理由として制裁措置を発動することを定めたものであるが、今回の決定に際して、トランプ政権は何を国家安全保障上の脅威と判断したのかという重要なポイントについて十分な説明を行っていない。
今回の措置の本当の目的は、3月13日に実施されたペンシルバニア州における下院補欠選挙において共和党議員を支援するために、同選挙区の鉄鋼・アルミ関係労働者の雇用確保を意識した選挙対策だったと見られている。
しかし、結果は僅差で民主党候補が勝利し、トランプ大統領の目論見は失敗に終わった。
1選挙区の選挙対策という内政上の目先の目的に基づいて、国際的に大きな波紋を呼ぶことが明らかな輸入関税引き上げ措置が発表された。
昨年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認定した問題もやはり国内の選挙対策だったと見られている。こうした政策運営は過去の政権では考えられないことだが、トランプ政権ではごく当たり前のこととして実施されている。
このように近視眼的な内政上の理由で世界に大きな影響を与える米国の外交通商政策が運営されているのがトランプ政権の政策運営の実態であるとの見方が支配的である。
ある政策通の米国議会関係者は、コーン氏辞任の直後に政権運営の現状について次のように語った。
「トランプ政権内部はいくつもの異なる考え方のグループが存在しており、それぞれが相互に調和することなく、相矛盾する内容を含む政策がバラバラに実施されている」
「そこには戦略もなく、一貫したロジックもなく、政策運営全体が支離滅裂である。このため、外交政策、経済政策、予算、人事など、すべての面において予測不可能の状態にある」
米国がこのような状況にある時、同盟国の日本として何をすべきかということは日本にとって非常に重い課題である。
従来日本政府は、米国が大きな問題に直面した際に、それに対する解決策を日本側から積極的に提案し実践行動に移すことはほとんどなく、米国からの協力要請を待って受け身で対応することが常だった。
米国の有識者からも日本はそういう受け身の姿勢の国として見られている。今回も鉄とアルミの輸入関税引き上げ措置を容認するのであれば、従来と変わらない受け身の対応である。
しかし、米国現地に来てみて、目の前で繰り広げられるトランプ政権下における米国政府の迷走ぶりを理解すればするほど、同盟国である日本として受け身の姿勢のままではあってはならないと強く感じる。
戦後から最近に至るまで、日本は米国追従のジュニアパートナーとしての立ち位置をあえて自ら変えようとする努力を実践したことがほとんどなかった。
しかし、昨年、トランプ政権がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)11交渉からの離脱を表明すると、日本はその後を引き取って、米国抜きのまま日本政府主導で米国以外の全加盟国による協定合意の署名式(3月8日、チリ)にまで漕ぎ着けた。
これは日本が米国から自立して国際協定をまとめ上げた最初の成功例である。
これによってわずかながらようやくジュニアパートナーの地位を抜け出し、本来あるべき対等なパートナーの同盟国としての実践行動が始まったと評価することができる。
こうして同盟国のパートナーとしての新たな一歩を踏み出した日本だからこそ、トランプ政権下で迷走している米国に対して、さらに一歩前に出て支援する姿勢を示すべきである。
今回、トランプ政権は安全保障上の脅威を理由に鉄とアルミの輸入関税引き上げを発表した。
もし米国が鉄とアルミの供給力に不安を覚えるのであれば、まずは同盟国日本対して供給を依頼すれば、日本としてその要請を断ることはあり得ない。
輸入関税を引き上げなくても、日本の強力な生産力を支えとする供給支援によって米国の安全保障上の脅威は大幅に緩和されるはずである。
米国は戦後一貫して自由貿易のリーダーとしてグローバル経済の発展に大きく貢献した。日本は米国から自由貿易の重要性を学び、自由貿易体制の構築に協力し、それを経済発展の土台に据えて歩んできた。
中国も2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟し、自由貿易体制の恩恵をフルに享受しながら驚異的な経済発展を遂げ、今やグローバル経済を牽引する存在となった。
その意味で中国は日米とともに自由貿易体制堅持の重要性を深く理解し、その継続を強く支持している国である。
そうした歴史的事実に立脚すれば、日米中3か国は世界経済をリードする3大経済大国として今後も自由貿易体制を堅持し、グローバル社会の健全な発展を促進する責務がある。
ただし、現在の米国社会が苦しんでいることからも明らかなように、自由貿易体制の徹底は安価な輸入品を流入させ、競争力の弱い自国産業の業績を悪化させ、国内の貧富の格差を拡大させる副作用を伴う。
米国の製造業も以前は十分な競争力を保持していたが、1980年代以降、米国政府が金融、ITなどを重視し、鉄鋼、機械、石油化学などの伝統型製造業の発展を促進しなかったことから、米国の製造業の競争力は日本やドイツに比べて大幅に低下した。
このため、自由貿易体制を維持しながら米国企業の自力で産業競争力を回復することはほとんど不可能な状況にある。
そこで、1つの新しいアイデアとして、日本企業が積極的に米国に進出し、米国企業との技術提携、共同出資(日本側のマイナー出資も含む)、日本企業単独資本での進出など様々な形式で、米国での事業展開を拡大・加速する。
こうして全米各地において日本企業と米国企業の協力体制を構築し、米国の産業競争力を高め、特に低所得白人層の雇用を確保することを提案したい。
昨年2月の日米首脳会談の際に提案した「日米成長雇用イニシアチブ」はインフラ整備への協力を通じた米国内雇用創出への協力方式であるが、上記提案はその延長線上に位置付けることが可能である。
自由貿易と市場メカニズムの促進によって失われた米国の国内雇用を日本企業が創出する。そのための参考モデルは中国の経済発展における外資企業の活用方式である。
中国の地方政府がこれまで実施してきたように、米国でも各州・市政府が相互に競い合う形で日本企業誘致のための法人税優遇措置、高速道路や鉄道等利便性の高い輸送手段の提供、工場用地の整備など日本企業を積極的に誘致するための施策を実施することが有効である。
例えば、中国各地で広く導入されてきた法人税優遇措置「2免3減」とは、進出した優良外資企業に対して、利益が出始めてから2年間は法人税を全額免除、3年目から3年間は法人税率の半分を免除する外資企業優遇政策である。
どのような企業を優遇措置の対象とするかは各地方政府の裁量に委ねられる。
こうした形で日本企業が米国各地の地域社会に進出して行くと、日本企業の経営理念も米国社会に浸透していくことが期待できる。
一般的に米国企業は短期利益の増大・株価の上昇・経営上層部の高報酬を経営の目標としている。
これに対して多くの日本企業は社会への貢献、長期の信用、従業員一人ひとりの安心・安全・幸福・自己実現等を目標とするため、地域社会と共生する経済活動を重視する。
これはトランプ政権の支持者である低所得労働者階層の利益に一致する。地方政府の的確なサポートがあれば、ラストベルトと呼ばれるかつての重工業集積地の復興にも貢献することが可能となる。
トランプ政権は輸入関税引き上げによって輸入を抑制しようとしているが、減税政策や予算増額により内需が拡大すれば、輸入増を抑えることは難しく、貿易赤字は拡大すると予想される。
これに対して、日米両国企業が協力して米国製造業の競争力が回復すれば、構造的に貿易赤字の抑制が可能となる。これもトランプ政権の方針に合致する。
トランプ政権は日本に対して防衛負担の増額を求めていたが、日本の国民感情を考慮すれば、防衛予算の大幅拡充は事実上困難である。
そこで日本の軍備拡大ではなく米国に対する経済協力に用いるというコンセプトで、上記の日本企業の米国進出を促進する政策を実施し、安全保障上の新たな日米同盟の協力方式とすることを提案したい。
日本側としては、そうした形で米国に協力する見返りとして、米国側の努力によって沖縄の基地負担軽減を実施してもらえれば、日本国内の政治的な支持も得やすくなる。
今年は日中平和友好条約40周年に当たり、日中関係の改善が期待されている。中国各地の地方政府はこの良好な日中関係を利用して、日本企業の誘致姿勢を強めている。
もし米国において上記の方式が成功すれば、中国のみならず、米国各地からも日本企業に対する誘致が強まるはずである。さらには他の地域でも同様の動きが広がっていく可能性がある。
これは今後日本が各国の国内経済社会の安定に貢献しながら自由貿易を守るリーダーとしてグローバル市場において積極的な役割を担う方式になり得る。
それとともに米国各地、ひいてはグローバル社会において、日本企業の具体的な経営行動を通じて、社会への貢献、長期の信用、全従業員の安心・安全・幸福を目指す日本企業の経営理念の本質が理解されるようになる。
これは日米同盟の深化のみならず、日本企業のグローバル化、日本のソフトパワーの強化、日本の若い世代の内向き傾向の是正、日本のグローバル社会への貢献方式の明確化による日本人の意識の覚醒といった付随効果も期待できる。
世界秩序形成の中心的存在である米国が混沌としている状況下、同盟国としての日本がTPP11に次いで、さらにもう一歩グローバル社会への自立的な貢献を示す機会がここにある。