コラム  国際交流  2018.02.20

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第106号(2018年2月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 情報通信技術(ICT)は諸刃の剣(double-edged sword)だ-国際社会に国境を超えた連帯感を醸成したかと思うと同時に新旧の価値観・歴史観の対立や不安感を煽り、世界経済に新たな勝者・敗者を生み出している。

 先月中旬、「サイバー・リスクに関するグローバル・コストの推計("Estimating the Global Cost of Cyber Risk")」と題した報告書がランド研究所から発表された(次の2を参照)。当然のことながら発生する事件の種類と規模、また推計方法によってコストは大きく変化する。同報告書では世界GDP比率で1.1%から32.4%までの3つの推計値を示している。報告書の推計値について可否を論ずるのは別として、1月末に発生した巨額の仮想通貨(NEM)消失事件によって、cyber risksの経済社会に与える危険性を痛感したのは筆者だけではあるまい。

 これに関して、米国の上院外交委員会(東アジア・太平洋・国際サイバーセキュリティ政策小委員会)で、昨年6月13日に証言した元国防次官補でハーバード大学のエリック・ローゼンバック教授は次のような危険性に言及した-我々は現在脆弱で透明な「デジタル製の"ガラスの家"(digital "glass house")」に住んでいるようなものである。そして①Internetが普及した米国は、Internetの普及が遅れているもののサイバー攻撃力が強い北朝鮮に対して非対称的な脆弱性を露呈している、また②米国や日本をはじめ透明性・開放性を重視する民主主義国家は、ファイアーウォールを設置して厳しい情報統制を敷くロシアや北朝鮮に比べて、外国による情報操作に脆弱性を見せている、と。我々はローゼンバック教授の警告を真剣に受け止め、我が国としても具体的対策を国内全体に普及させなくてはならない。

 先月末のThe Economist誌は、表紙と冒頭で"The Future of Conflict: The Next War"の記事を載せ、また同誌の中に16ページに及ぶ"The New Battlegrounds"と題する特集記事を掲載した。ここでもICTの発達を背景とする「人工知能により性能を高めたロボットが、完全に新しい危険性をもたらす(AI-empowered robots pose entirely new dangers)」状況を危惧した情報を読み取ることが出来る(次の2を参照)。

 AIという軍民両用技術(dual-use technology (DUT))の軍事面の利用は①米中露といった大国間の競争、②純粋な科学的好奇心からの研究者間の競争、③経済分野におけるAI活用を通した企業間の競争を"追い風"にして、加速的な拡大こそすれ、鈍化・停止することは決してないと同誌は述べている。

 勿論、レーダー技術から電子レンジが生まれたという歴史が示す通り、DUTが民間部門に恩恵をもたらす事例は数えきれない。また現在も軍事技術が民間部門へspin-outする可能性も少なくない。例えば①火災の現場では消防士と協力し消火作業をするロボットに、米国海軍研究所(Naval Research Laboratory (NRL))で長年にわたり研究されているロボット(Shipboard Autonomous Firefighting Robot (SAFFiR))の転用が可能であろう。また②危機の際、不必要なパニックを惹起させないため、微妙な言語表現に巧みな「"罪の無い嘘(white lie)"をついて人々に平常心を保たせるロボット」の開発を試みるNRL所属のコンピュータ技術者とHarvard・Stanford出身の哲学者との共同研究に筆者は好奇心を隠せないでいる。

 しかしAIの将来を考える時、このDUTに関し厳しい制約を課する必要に迫られることを銘記しなくてはならない。現在のようにAIが囲碁等の特定目的に特化した技術の段階(narrow AI)に在る時、AIの利便性は危険性を大きく上回る。しかし、我々が想像出来ない将来、即ち全知全能(omniscient and omnipotent)とも言うべき汎用型の技術にAIが到達した段階(general AI)では、人類はAIに関し、核技術と同様に厳しい制約をつけなくてはならなくなるであろう。

 1月30日、弊所(CIGS)にジェイ・ローゼンガード氏(Harvard Kennedy School (HKS)の講師)を迎えて、セミナーを開催した(Is Trump Making America Great Again? A One-Year Anniversary Scorecard of the Trump Presidency)。嬉しいことに、同氏を含め米国の友人達との会食や面談が先月は5回も有ったために、米国に関し様々な意見を聞くことが出来た-皆の意見が一致するのは、「米国経済がこれまで好調であるのは前政権(Obamanomics)の成果」という点だ。換言すると自らの成果だと誇らしげに語るトランプ大統領は「(前後即)因果の誤謬(post hoc ergo propter hoc/ correlation not causation)」を犯している。従ってTrumponomics-税制改正や貿易政策等-の成果は、今後出現すると予想され、その評価は来年1月、ローゼンガード氏が再び講演する時に持ち越されると考えている。



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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第106号(2018年2月)