メディア掲載  エネルギー・環境  2018.02.14

【人類世の地球環境】「カンブリア爆発」後のAIの省エネ行動

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2018年1月号に掲載

 AIが「目」を獲得した。画像認識能力が向上し、タスクによっては人間を上回るようになった。これまでもカメラという目は一応あった。だがAIは、写っているものが何なのか、よく分からなかった。脳の視覚能力を司る部分に相当するディープラーニングの発達で、これが分かるようになった。

 この応用で多くの技術が開発されている。エネルギー利用技術も例外ではない。車の自動運転技術が進んでいる。また、部屋にいる人を認識し勘定して、それに合わせて空調や照明が最適化されるようになっている。

 だがこれからの変化は、さらに大胆で急激になるだろう。このことを、東京大学の松尾豊准教授は、カンブリア爆発に例えている。

 カンブリア爆発とは、5億4200万年前から5億3000万年前の間に、急激に多様な動物が発生・進化し、化石の量も種類も爆発的に増大した、という生物史上の事象である。

 カンブリア爆発が起きた理由の有力な説の1つとして、「光スイッチ説」がある。これは、この時期に「目」が出現したことが爆発の引き金になった、というものである。

 動物の目は、はじめは単に光を感じるセンサーが神経につながったものだった。やがてそれが窪んだ構造になって、その上にピンホールが出来て「ピンホールカメラ」の構造になった。次いでピンホールの中に透明なゼラチン質が充填されてレンズが作られ、鮮明な映像が網膜に得られるようになった。このような目の構造の変化に対応して、それを理解するための網膜の光センサー系や脳のニューラルネットワークも発達して、今日の動物が持つような、高度な認識能力ができた。

 この目の出現で、生態系は激変した。それまでは、生物は触覚や嗅覚等の別のセンサーに頼っていた。だが突然、目で発見され、捕食されるようになってしまった。動きが遅くて柔らかい生物は、餌食となって絶滅した。まもなく、あらゆる動物が殻を発達させた。目で発見されても、頑丈な殻があれば、食われなくて済むからだ。

 カンブリア爆発で化石の量も種類も増えたのは、目ができたことで、それまでとは異なる形の競争圧力があらゆる生物に働いた上に、化石に残りやすい殻を持った生物が急激に増えたためであったとされる。

 さて今、人工知能がこの光スイッチを手に入れた。ではIoTの生態系は光スイッチでどう変わるか。家庭を例に考えてみる。

 これまで家庭でのIoTとして語られてきた姿は、家電機器や、窓、ドア等の家具などあらゆるモノにセンサーが付けられて、それが通信によってつながって、制御されるようになる、というものだった。

 だが、このIoTの生態系は、まるで目が見えない世界での、触覚に頼った生態系のようにも思える。目が手に入ると、どうなるだろうか?部屋にあるものはすべて認識できる。家電機器や家具の状態も分かるし、人数も分かるし、気温を知りたければ温度計を読むこともできる。こうなると、1つ1つのモノすべてをIoTでつなぐ必要はなくなる。目によって、モノがどのような状態にあるかという状態が認識できるからだ。無線通信で無数のモノをつなげるということは、途方もない作業である。コストもかかるし、普及に時間も掛かる。だが、視覚によって、無数のモノを認識する能力ができてしまえば、すべてをつなぐ必要はなくなる。

 勿論、目で見える、というだけでは足りず、モノは動かしたいので腕も足もいるが、この技術も進んでいる。車の自動運転が可能になることは、ほぼ確実だろう。東京オリンピックに間に合うかは分からないが、2030年、2050年ともなれば、運転手は不要になる。車の自動運転ができるならば、家庭内ではロボットが走り回り、あれこれやってくれるようになる。

 そうすると、家庭内のエネルギー管理は、ロボットに任せておけばよくなる。ロボット君は、お母さんのように気が利いて、熟練のエネルギー管理士のように専門知識があり、文句1つ言わずに働き続けてくれる。人の居ない部屋の空調や電気を消してくれる。ドアが開けっぱなしなら閉めてくれる。夏の午後にはすだれを下ろし、朝は早起きして窓をあけて外気を取り入れる、とマニアックなエネルギー管理の技も披露する。

 今すぐとは言わない。だが地球温暖化が問題にするような、2050年とか、それ以降といった時間スケールならば、「省エネ行動」というのは、人間ではなく、AIの行動になりそうだ。