メディア掲載  外交・安全保障  2018.01.30

テクノ冷戦-分裂するデジタル技術開発-

読売新聞2018年1月29日に掲載

 地政学的リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループが年初に発表した「2018世界10大リスク」に目を通された読者も多いと思う。同レポートは世界のマーケットこそ好況を維持しているが、偶発的な武力紛争の可能性、先進国のリーダシップの低迷、新興国の権威主義モデルの持続、伝統的制度の劣化などの「地政学的な不況」こそがリスクの本質だとする。

 今年のリポートで最も目を引いたのは「テクノ冷戦の世界的拡がり」である。人間の活動のデータ集積、人工知能(AI)、超高速ネットワークが加速度的に収斂する趨勢が地政学にも重要な意味を持つというのだ。2016年の世界経済フォーラム(WEF)では、デジタル世界と物理的な世界が融合する「第4次産業革命」の下、モノづくり、サービス、金融、移動、労働の概念が大きく変革する時代の到来が予期された。問題はこの変革のプラットフォームとなりうる技術が世界で分裂する方向(=テクノ冷戦)へ向かっていることだ。

 テクノ冷戦の第1の領域は、スーパーコンピューター(スパコン)、AIライブラリーを中心とするハード・ソフトウェアの開発競争である。日本、米国、中国、欧州各国はプロセッサーの演算性能と大規模データ処理性能をめぐり熾烈な競争を続けているが、中国と米国のスパコン保有台数はすでに他国を大きく引き離している。これら技術基盤が生命科学、無人化技術、次世代兵器開発等に大きな影響を及ぼすといわれている。

 第2の領域は、ITインフラ技術の市場の支配をめぐる競争である。アジア・アフリカの新興国の巨大なITインフラ需要に対し、民間インフラ(通信基地局・光ファイバー網・クラウドストレージ等)、ITデバイス(PCやスマホ等)の普及、政府調達などにおいて、中国やインドを中心とする新興勢力が急速にシェアを伸ばしている。

 第3の領域は、電子商取引や電子決済を中心とするサービスである。中国のIT企業テンセントとアリババは、スマホを使った電子取引・決済で中国の消費市場を短期間で大きく変革した。同時に中国の人々の莫大な消費行動がビックデータとして蓄積され、新たなサービス展開の基盤となっている。こうした競争は第2の領域と併せ新興国へと拡大している。アマゾンやグーグルの進出しない新興国において、中国型の消費市場・物流・金融システムが影響圏として形成されようとしている。

 テクノ冷戦がどのような市場リスクや国家間の対立をもたらすか。世界のパワーバランスを測る重要な指標として捉える必要がある。