キヤノングローバル戦略研究所は台湾の工業技術研究院(ITRI)から藩子欽経理を招へいし、2017年12月14日に公開セミナーを開催、3日間にわたって突っ込んだ議論を行った。その概要と筆者の意見をお伝えしたい。
電子産業はエネルギー多消費
日本ではエネルギー多消費産業といえば鉄鋼・セメント・石油化学・紙パルプに非鉄金属と、いわゆる素材産業であり、いずれも1973年のオイルショック以前に発達した産業ばかりである。これは世界中どこでも同じだと思っていたら、台湾では電子産業が最大のエネルギー多消費産業だと知って驚いた。
この電子産業とはノートパソコンや液晶ディスプレイ、およびその部品などのことであり、何と産業部門GDPの47%をたたき出している。同時に産業部門の電力消費の35%を占めている。電力消費の方がGDPよりもパーセンテージが小さいから、エネルギー集約産業ではないが、最大のエネルギー多消費産業だ。
なお、この電力消費量は国全体の18%に達している。半導体メーカーのTSMCは単独で台湾の電力消費の3%を占めている。日本の電子産業の電力消費は国全体の2%強にしかならない。
台湾の電子産業の成功を支えたひとつの要因が安い電力価格であった。国際エネルギー機関(IEA)の数字によると、16年の電力価格は産業用が1kWh当たり7.6セント、家庭用が7.9セント程度であり、対岸の中国沿岸とほぼ同じ水準だった。
これに対して日本は産業用が15セント、家庭用が22セントとなっており、大幅に隔たりがある。このような台湾の安い電力は、石炭火力・原子力を軸とした電源構成で支えられてきた。16年の電力量の構成比は、石炭火力が45%と約半分を占めている。ほかはLNG火力32%、原子力12%、石油火力4%、再エネ5%、水力1%となっている。石炭火力の発電原価は1kWh当たり2.5円程度と試算されている(データは台湾電力公司ホームページによる)。
日本に類似の温暖化対策目標
台湾は15年に国際合意されたパリ協定に参加していない。国連に加盟していないためである。しかし、逆にそれがゆえに国際社会への参加を強く渇望しており、また、国内の環境対策世論の盛り上がりを受けて、パリ協定とは別ではあるものの、先進国並みの野心的な温暖化対策を策定した。
CO2排出量は、05年以降現在までほぼ横ばいで推移してきたところ、15年を基準に30年までに20%削減、50年には50%削減となっている。再エネの発電設備容量は25年までに2700万kW超、発電電力量に占める再エネの比率は20%で、このうち半分を太陽電池で、また4分の1を洋上風力で賄うとしている。
電力価格は高騰しないのか?
野心的なCO2と再エネの目標を立てた一方で、現在の蔡英文政権になってから、25年までに脱原発をすることも決めた。今後の電源計画を見ると、LNG火力発電所を毎年建設して需給のバランスを取ることにしている。みると、安価な石炭・原子力をやめ、相対的に高価な太陽光・洋上風力を導入する。LNGは燃料価格高騰の恐れもあり、他方では再エネ導入に合わせて電力系統の強化も必要となる。
このような政策によって、電力価格が高騰することが懸念される。台湾政府はイノベーションによってコスト低減を図るとしているが、今のところ、価格についての予測は発表していない。
台湾の産業は生き残れるか
最悪のシナリオは、電力価格が高騰し、台湾の虎の子である電子産業の一部が空洞化して、台湾経済が失速することである。TSMCでは総コストの3%程度を電力コストが占めているという。仮にこれが倍増すれば3%のコスト増となってしまう。
TSMCは今のところ、電力の安定供給が損なわれることを憂慮する発言をしているが、コスト高騰については公に言及していない。同社は現在、営業利益率が極めて高いので電力コスト増加がただちに業績を圧迫することにはならないが、1桁台の営業利益率にある企業も多く、電力コスト増大は大打撃になるだろう。
台湾は長江デルタを筆頭に中国沿岸部に多くの投資を行い、例えばノートパソコンはほとんどを中国で生産するようになってきた。電力価格が高騰すれば、さらなる生産移転が起きるかもしれない。例えばプリント回路基板産業は中小企業が担っているが、これは台湾の電子産業の中で3番目に電力多消費であり、電力コストが増大すると大きな打撃が懸念される。
日本は台湾と密接な経済関係があるのみならず、歴史的な関係も深く、親日家も多い。失敗はしてほしくない。