コラム  国際交流  2018.01.25

12月以降の米国議会の動き-ロシア疑惑問題の思いがけない展開-

 一昨年11月のトランプ氏の大統領選挙勝利後、にわかにロシアによる大統領選挙への介入が米国の主流マスメディアを中心に喧伝されるようになり、政権移行期のオバマ政権もこの問題を取り上げたため、2017年はいわゆる「ロシア疑惑」が米国政治の大問題となった。しかしながら、昨年7月末のVIPS(Veterans Intelligence in Sanity)の発表(詳細は筆者による昨年8月末のペーパーを参照されたい)以来、「ロシア疑惑」問題の根拠に対して大きな疑問が投げられ、主流マスメディアやいわゆる「ネオコン」を中心とする反ロシア、反トランプ勢力の頼みの綱はムラー特別調査官による調査となってきた。秋のマイケル・フリン元補佐官の起訴の際には、米国の主流マスメディアが事件を大々的に(一部はフライング気味に)報道し、日本の主要マスコミやワイドショーもこれに無批判に追随したため、今もって「ロシア疑惑」が主要な問題として生き続けているかのごとき錯覚が我が国にもあるが、実は12月に入って、米国議会の上下院の委員会により、ムラー調査官のチームに関するスキャンダルが明るみにされて、特別調査は息を止められかねない状況となっている。本稿では本件の発生からの経緯を振り返るとともに、このような最近の動きを紹介することとしたい。なお、本稿は全て公表済み資料に基づくものであることを念のため付言したい。(経緯の詳細については別添の年表を参照されたい)



1.経緯

(1)民主党大統領候補者選挙中の動き 2016年6月~7月

 全ては2016年6月12日にウィキリークスのアサンジが記者会見し、「民主党本部のサーバーから得た情報を近々公表する」と述べたことに始まる(別表1)。これに続いて、6月14日には民主党全国委員会が「民主党本部のサーバーがハッキングされた」と発表した(別表2)。そして6月15日には正体不明のGusifer2.0(グシファー2.0)と名乗る団体が、「自分たちが民主党本部のサーバーをハックした」と発表した(別表3)。

 この時期の特徴は、「誰が情報を漏らしたのか。ロシアがハックしたのかどうか」ということが議論の中心ではなく、問題の中心は情報の中身、特に民主党全国委員会の幹部が、クリントンとサンダースの両候補について不平等な扱いをしていたのではないかという疑惑だったことである。7月22日から始まったウィキリークスによる情報公開、特にその中で、民主党全国委員長ワッサーマン・シュルツの交信が上記のような不平等な扱いに関する疑惑を裏付けることになったため、委員長は全国大会の前日に辞任するということになった(別表5、6)。なお、公表の際に、ウィキリークスは自分たちの情報は内部からリークされたものであり、自分たちはハッキングをしていないと発表し(別表7)、またリークの犯人については頑として公表を拒絶している。

 以上の点から、本件が問題になった当時は、ウィキリークスへのリークは上記のような全国委員会の不平等な取り扱いに不満を持ったサーバーへのアクセス権限を有する内部職員がUSBを使って情報の取り出しを行い、これをウィキリークスへ持ち込んだのではないかと見られており、2016年7月10日に自宅近くで射殺死体で発見された全国委員会職員のセス・リッチ氏が犯人であるとの見方も出ていた(故人の親族はこれを否定している)。


(2)クリントンとトランプの大統領選挙までの動き

 ロシアによるハッキングではないかとの見方が急に注目を浴び始めたのは、大統領選挙が終盤に差し掛かってきた2016年11月になってからである。

10月7日にはいわゆるインテリジェンス・コミューニティーと呼ばれるグループ、国家情報長官のクラッパーと国土安全保障省長官のジョンソンが、ロシアが大統領選挙を標的にしたサイバー攻撃を行っていると非難した(別表8)。ロシア外務省はそのような事実はないと反論し(別表9)、ウィキリークスは再度、情報源は内部告発者からのリークであって、外部のもののハッキングによるものではないと発表している(別表10)。


(3)大統領選挙後の動き

 トランプの勝利に終わった大統領選挙後、12月19日までの選挙人による実際の投票までの間は、大統領選挙の際にトランプが獲得した票数に問題があるのではないか、更にそのような票数はロシアによる選挙干渉の結果なのではないかという観点から議論が行われた。このような議論は12月19日が近づくにつれて激しくなり、ワシントンポストやニューヨークタイムズがそのような内容の記事を掲載した(別表13)のに続いて12月9日にはオバマが2008年に遡ってロシアによる選挙干渉を調べるよう指示を出したり(別表14)、一部の議員も同じような要求を出している(別表16)。一方で、国家安全保障局のロジャーズ長官は「民主党全国委員会のメールの公表は大統領選挙には影響を与えなかった」という見解を発表し、一部のマスコミもロシアによる干渉の証拠はないという記事を掲載した(別表12、15)。3州について提出された票数の再集計要求もウィスコンシン以外は行われず、ウィスコンシンも結果はトランプとクリントンの票差がさらに拡大する結果となった(別表17)。


(4)選挙人による投票から大統領就任まで

 1月20日の大統領就任式が近づくにつれてマスコミ報道が次第にヒステリックになってきた。この時期には数多くのロシア批判の報道が行われたが、そのほとんどが具体的な証拠に基づくものではなかった(別表21)。オバマ政権は1月6日に3つの諜報機関の共同発表という形で「ロシアの諜報機関が民主党のサーバーに侵入して得た情報をウィキリークスに送ったということについて「強い確信がある」(FBIとCIAは強い確信だったのに対し、国家情報局は「穏やかな確信」との表現)という報告を公表した(別表22)。オバマは最後の記者会見で、この1月6日の評価は結論ではない、との答弁を行っている。いずれにしても、主流マスメディアが1月6日の発表をもって「ロシアの干渉疑惑」を強く報道したにもかかわらず、これを証明する具体的な証拠は提示されないままであった。


(5)2017年7月末からの「ロシア疑惑」を否定する動き

 2017年7月24日にVIPS(Veterans Intelligence Professionals in Sanity)が大統領に対する公開書簡の形で、情報技術の専門家の立場から技術的な考察を行った結果、2016年の民主党全国委員会のサーバーからの情報流出は2回に分けて行われ、双方ともに、外部者によるハッキングではなく、サーバーへのアクセス権限を有する内部の者によるリークであることを証明した(別表24)。特にロシアによる介入の根拠とされていた、グシファー2.0という正体不明の団体が公表した資料を詳しく検討した結果、資料流出の時間が遠距離からのハッキングではありえない極めて短いものであったこと、流出が起こったのは米国の東海岸であったことが特定できたことから、これは内部の者によるリークによる情報流出であり、ロシアの関与を匂わせる資料中の要素はその後に付け加えられたものである可能性が高いことを発表した(別表24、4)。2週間後の8月9日に雑誌ネイションがVIPSの発表を紹介したのを契機にVIPSの見解は広く知られることになり(別表25)、その後は「ロシアによるハッキング」との報道は影を潜め、8月12日のシャーロッツビルの事件を契機にトランプ大統領の人種差別を問題にする報道が、トランプ批判の中心にとってかわった。



2.ムラー特別調査官のチームを取り巻く最近の動き


(1)米国上院の司法委員会と下院諜報委員会は2017年の夏以来、司法省とFBIに対して上記の問題に関係するとみられる種々の情報を請求してきたが、そのような情報は存在しないといった理由で、成果は見られなかった。その中で12月2日にムラー特別調査官のチームの調査担当のトップであるストルザックと彼の愛人であるFBIのペイジとの間で交わされた大統領選挙期間中のメールの一部が司法省総監から公表され、その内容が親クリントン、反トランプであることが明白であったためストルザックは調査担当から外されたとマスコミで報道された(別表26)。これをうけて下院諜報委員会のヌネス委員長はFBIと司法省がこれまで議会の調査を意図的に妨害してきたとして、両者を対象にした議会侮辱決議の起案を始めるとの声明を発表した(別表26)。

(2)12月7日にローゼンシュタイン司法副長官とレイFBI長官が課金諜報委員会に呼ばれ、メールの内容や選挙運動に対する献金の傾向からチーム全員が親クリントン、反トランプであることが明白になった(別表27)。また、秘密連邦裁判所からフリンやトランプ陣営の盗聴許可をとる際の主たる材料に、2016年の夏以降流布されていた英国のスパイ組織(MI6)の元幹部であるスティールが作成した文書が使われていたことが問題となった。この文書はクリントンとオバマから資金の提供を受けたフュージョンGPSという会社がスティールを雇用して作成したものであり、ローゼンシュタイン副長官の第一補佐官であったオーアがスティールと接触していたこと、そして、オーアの妻がフュージョンGPSという会社で大統領選挙中に働いていたことが明らかになり、オーアは調査チームから解任された(別表27、28)。

(3)更に公表された交信記録から、FBI副長官のマッケイブが上記のような反トランプの動きに深く関与していた可能性が認められるところとなり、マッケイブは12月23日に年金受給資格の生じる2月末をもって辞任することを発表した(別表28、30)。

(4)12月13日に上院司法委員会のグラスリー委員長が、ストルザックとペイジに関する交信記録を全て提出するよう司法副長官に要求し、記録は順次提出されたが、それには上記のような問題が明確に表現されていた(別表29)。

(5)同じく2016年11月にスティールとロンドンで接触し、問題になっている文書をマケイン上院議員に手渡したマケイン研究所のシニアフェローのクレーマーが証人として喚問された(別表31)。マケイン議員は当該文書を2016年12月にFBIに渡していた。

(6)下院諜報委員会はFBIと司法省に対し、2018年1月3日までにスティール文書に関するファイルを作成するよう要求し、また証人喚問されるべき関係者のリストも提示した(別表32)。

(7)1月3日にローゼンシュタイン副長官とレイ長官はライアン院内総務と面会して説得を試みたがうまくいかず、その後にヌネス委員長に面会して議会から要求された項目を全て準備すると約束した(別表33)。

(8)グラスリー上院司法委員会委員長は1月3日に司法副長官に書簡を送り、コーミー前FBI長官が記録したトランプ大統領との会話記録の受け渡しメモを作成するように要求した。このメモは後にコーミー長官と共有したコロンビア大学のリッチマン教授により、ニューヨークタイムズのレポーターに口頭で紹介されており、コーミー前長官の守秘義務違反を明確にする証拠となりうるものである(別表33)。

(9)1月4日にヌネス下院諜報委員会委員長は司法省及びFBIとの1月3日の合意の再確認という形の書簡を作成し、提出されるべき文書や喚問されるべき人物のリストを詳細に規定(別表34)。



3.まとめ

 以上が1月中旬までの動きであるが、米国議会による追及はまだ始まったばかりで今後どこまで発展していくか予想が難しい状況である。例えばワシントンエグザミナーは1月18日の報道で、2名の共和党議員がクラッパー前国家情報長官を偽証罪で告発されるべきと主張していると報道している。クラッパーは自分が議会証言で嘘を言ったことを認めているが、これは国家機密を守るうえで仕方なかったと言い方をしており、今後この問題がどうなるか注目されている。


(注)クラッパー前長官は米国人に対しては盗聴を一切していない(米国人に対する盗聴は特別な裁判所の許可がないと違法)と2013年6月の議会の証人喚問で言明した。スノーデンはブッシュ政権時代から米国人に対する盗聴を問題視しており、オバマ政権に変わればそのような違法行為はなくなるのではないかと期待していたが、状況は一向に変わらず、遂に議会に対しクラッパーが明確に嘘を言ったのを見て、情報のリークに踏み切っている。



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