メディア掲載  エネルギー・環境  2018.01.15

【人類世の地球環境】技術進歩のために戦争は必要か?

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM12月号に掲載

 今日使われている主要なエネルギー技術は、軍事研究と関係が深い。ならば、軍事予算の少ない日本は、技術開発において遅れをとる運命にあるのだろうか?

 火力発電で使用されるガスタービンは軍用の技術の転用に始まった。太陽電池も初めは宇宙開発用に研究されたが、この宇宙開発も軍事だった。原子力発電は、もちろん原爆の平和利用に始まる。

 ICTも軍事起源が多い。インターネットの起源が核攻撃対策というのは俗説のようだが、インターネットの開発段階で軍の資金が活用されたのは事実である。電子計算機は弾道計算用だったし、情報理論自体が英独の戦争を受けて発達した。自動運転車はレーダー装置を備えており、GPSで位置を確認しているが、これはいずれも軍事目的で発達した。近年の自動運転車のブームは、米国防総省が開催したコンテストで火が付いた。

 こうしてみると、軍事との関係は、エネルギーに留まらず、汎用技術(General Purpose Technology: GPT)に及んでいるようだ。ここで言う汎用技術とは、幅広い応用を持ち、関連する周辺技術分野の発達を促し、経済システムを変容させて、長期にわたる経済成長の原動力となるものを指す。上記の例は、汎用技術が、その動力としてエネルギーを利用していただけのこととみてとれる。

 エネルギーだけでなく、汎用技術の多くが軍事関連だというと、さらに日本の見通しは暗くなるのだろうか? ヴェルノン・ルッタンは、『Is War Necessary for Economic Growth?』(経済成長に戦争は必要か?)という著作において、「戦争への恐怖が無ければ、国家が汎用技術のために継続的に巨額の資金を投じ続けることは考えにくい」として、この陰鬱な見方を支持している。

 軍事と関係が深いものは他にも多くある。食品産業もそうだ。なぜなら、大量に生産し、輸送し、消費するというシステムは、まず軍隊の兵站で生じた大問題だったからだ。兵糧は栄養価が高く、保存が利き、持ち運びに便利である必要があった。これは、そのまま現代の食品に望まれる属性そのものだった。

 米軍が、戦後に日本の子供に与えたチョコレートは、当時の最新技術だった。チョコレートはもともと溶けやすかったが、溶けにくく長持ちする技術開発がされた。缶詰は、ナポレオンが懸賞金をかけて軍用食料の発明を募った結果、発明された。今日スーパーに並ぶ商品の過半は軍事研究の成果を活用していて、食パンが何日たっても添加剤でふわふわなのもその一例だという。

 ローマの兵隊は駐屯地において、豚の足のハムの配給をふんだんに受け、おかげで体格が良く強かった。ローマ兵は古代からスペインの生ハムを絶賛していて、これは今日でも名物だ。日本でも、富国強兵の一環として、肉食が奨励された。当時の日本人は、肉を食べれば欧米人のように体格が良くなると考えた。それで政府は、明治天皇自らが牛肉を食べるイベントまで催した。『のらくろ』のおかずも牛肉の缶詰だった。江戸時代には、全国で米作が奨励されたが、これも理想的な兵糧だったからだ。当時は、東北地方での米作には技術的に無理があったので、農民は度々飢饉に見舞われる羽目になった。

 こうしてみると、時間を遡るほど、ますます軍事の影が濃くなってくる。鉄器、弓矢、石器などは、もちろん生活全般のために使ったが、戦争にも活用された。石器時代の人間の死因の3分の1は戦死と言われる。パプアニューギニアでは、戦後になっても石器時代のような暮らしを送っていたが、現地人は戦争に明け暮れていた。

 技術だけでなく、実は社会制度も軍事と関係は深い。定期健康診断の起源は徴兵検査で、兵隊として使えるかどうか判断するためだった。国家自体が、もともと軍隊が地域を武力支配するものだった。今でも世界を見渡せば、軍事政権は多くある。取締役会が運営する株式会社は、イギリス東インド会社に始まるが、これは大英帝国のインド征服の実行部隊だった。マルクスによれば、軍事力に依存した帝国主義と、その背後の社会制度である資本主義は、表裏一体である。

 軍事は技術研究、装備調達に留まらず、食料、社会制度等に至るまで人類と広範に関わってきた。だから、どのような技術も、軍事と関係があるのはむしろ当然と言える。特に時代を遡るほど、人間活動に占める戦争の割合は大きかったので、すべてが戦争と関係していた。しかしこれは、「戦争がなければ人間は技術を開発できない」ということを意味しない。平和な目的のもと、日本でも優れた技術開発が多く行われてきたことは、何よりもその証拠ではなかろうか。