文在寅政権は本年5月10日に発足してから半年を迎え、外交安全保障政策のスタンスが少しずつ見えてきた。「新政権の外交安全保障政策は日米韓の三カ国関係を基軸に、現実的でバランスのとれた外交を推進しながら、政権草創期を安全運転でこなしていくのでないか」というのが当初の筆者の見立てだった。政権発足後に北朝鮮の核・ミサイル開発が一層進展し、朝鮮半島情勢が緊張の度を増していることに加え、文在寅大統領が選挙戦を通じて、支持母体の進歩系だけでなく、保守、中道をも含めた幅広い層の支持を受け当選したからである。選挙前、「私のような人間が本当の保守だ(本年1月15日朝鮮日報によるインタビュー)」と発言するなど、文大統領は前回2012年の選挙において僅差で敗れたが故に、保守層の支持を盤石にするためのアピールに必死であった。就任演説において「国民すべての大統領を目指す」、「保守と進歩の葛藤は終わらなければならない」といった国民統合を重視する発言が散見された。
文大統領は「盧武鉉政権の大統領府秘書室長」という肩書きから「左派系」、「親北」だと見られがちだ。だからこそ同大統領は、こうした前評判とは一線を画し、まずは日米韓の連携を基調とする現実路線を選択すると予測したのだが、最近の韓国外交を見ると、こうした筆者の見通しは甘かったようだ。
今年9月15日の火星12号発射から11月29日の火星15号発射まで、北朝鮮による新たな挑発行動はなかった。その間、韓国外交はTHAAD配備問題による中国との関係悪化を改善させる大きな動きを見せた。10月30日、康京和外交部長官は国会での与党議員の質問に答える形で、(1)これ以上THAADを配備しない、(2)日米のミサイル防衛網に参加しない、(3)日本との安保協力は軍事同盟にならない、という「3つのNO」と呼ばれる立場を明らかにした。
さらに、11月3日には、文在寅大統領がシンガポールメディアのCNAとのインタビューの中で、「日本との安保協力は軍事同盟とならない」と明言し、北朝鮮への対処を理由に「日本が軍事大国化することを懸念する」と発言している。その後、11月20日付の読売新聞が「日本版トマホーク開発」につき報じると、韓国メディアは敏感に反応し、これを批判的に報道した。最近では中央日報が5回に分け「浮上する自衛隊」と題した特集記事を組むなど、韓国メディアの論調は大統領発言に呼応するかのように日本の防衛力強化に対する警戒感を見せ始めた。
そもそも、文在寅政権の外交安全保障政策に関する考え方は、保守政治が選好する現実主義(リアリズム)の対立軸としての理想主義(リベラリズム)ではない。すでに多くの専門家が指摘しているように、現在の大統領側近は、周辺国からの力による干渉をはねのけて韓国の独立を守り、最終的には「韓国主導で南北統一を果たさなければならない」と本気で信じている民族主義者の集まりだ。彼らはその目的を達成するために「強力な軍事力を兼ね備えることが不可欠」と考える。
文在寅大統領は本年7月18日に軍高官を集めた昼食会の席上、「北との対話を追求しているが、圧倒的な国防力に基づかないと意味がない」として、現在GDP比2.4%水準の国防予算を任期中に2.9%に増額する考えを明らかにした。予算増額分を北の核・ミサイルへの対処能力向上に集中投資し、米国からの戦時作戦統制権の早期移管も目標としている。また、文大統領は8月28日に行われた国防部による業務報告の席上、「これまで莫大な国防費を投入したにもかかわらず、我々が北朝鮮の軍事力に対抗できず、ただ韓米連合防衛能力に頼っているようで残念だ」と軍を批判した。
韓国軍の歴史は、「北朝鮮の軍事力に単独の軍事力では対応できない」という前提の下、圧倒的な軍事力を持つ米国との同盟関係を基盤に、米国から最新装備品を導入しつつ、自国の防衛産業基盤を確立して自軍の戦力増強に努めてきた。この過程の中で、進歩陣営は「長年の軍事政権支配による軍の腐敗に端を発する装備品導入に絡む不正問題は旧態依然として存在し、米国の軍事力に依存してばかりか、高い装備品を買わされてばかりで国防費が無駄に使われている」と考え、米国と同盟重視の保守勢力に対する不満が常に存在している。
現在、韓国軍は北の核とミサイルを無力化する手段として、3軸体系と呼ばれる(1)キル・チェーン、(2)韓国型ミサイル防衛(KAMD)、(3)大量反撃報復(KMPR)戦略からなる軍事力構築を急ピッチで進めている。3軸体系の基本的な概念は、仮に北朝鮮が長距離射程砲や弾道ミサイルを韓国に対して発射する兆候があれば、速やかに発射地点を探知し打撃する。発射を防げなかった場合は、迎撃ミサイルで対応し、攻撃を受けたとしても被害を最小限に留め、北に対し大規模な報復を行う能力を保有する、というものだ。これら一連の軍事力を持つことによって、北朝鮮の攻撃を抑止することが韓国の最大目標なのである。
しかし、昨年の北朝鮮による一連の軍事挑発は、韓国軍にとって従来の戦略の根幹を揺るがす衝撃となったに違いない。北朝鮮は年初に核実験(4回目)と地球観測衛星を積んだロケットと称する飛翔体発射を実施した。3月以降は中距離弾道ミサイルを中心に、様々な種類のミサイルを発射させただけでなく、従来型の長射程砲や短距離ロケット砲などの大規模演習を行った。8月末には潜水艦からのSLBM発射にも成功し、9月には5回目となる核実験まで実行した。
我が国においては、日本列島のほぼすべてが射程に入る準中距離ミサイル・ノドンや改良型スカッドの発射に注目が集まった。しかし、韓国側から見れば、弾道ミサイルだけでなく、従来からの脅威であった長射程砲の射程が伸びたことも大きな意味を持つ。北朝鮮が「火の海にする」と何度も脅迫してきたソウルと首都圏地域だけでなく、陸・海・空軍の本部がある鶏龍市や在韓米軍基地のある平沢市や烏山市にも十分脅威を与えるようになったからだ。また、当初のキル・チェーン・システムは、北の攻撃が地上から行われることを想定していたが、今後はSLBMの登場により、これまで手薄だった対潜哨戒能力の向上も叫ばれるようになっている。こうした状況が、2016年の日韓軍事情報保護協定(GSOMIA)締結に際し、韓国側が「対潜哨戒能力を持つ日本からの情報獲得は軍事的に有益だ」と判断するに至った要因の一つだとされている。
以上のような背景もあり、韓国軍の戦力増強については追い風が吹いているようだ。北のミサイル攻撃探知能力については、米国からすでに導入が決まっている無人偵察機「グローバルホーク」に加え、12月5日付の東亜日報は、韓国軍が情報収集機E-8Cジョイントスターズ4機を2022年までに導入する方針を固めたと報じた。現在は保有していない偵察衛星についても、2021年から23年の間に5機打ち上げる予定である。陸上装備では南北境界の最前線に配置されているとされる北の長距離砲を探知するための新しいレーダーを独自開発し、来年から実戦配備されるという。これまでに何度も自国領空への侵入を許してきた北朝鮮の小型無人機に対しては、探知・攻撃が可能な新型レーダーや対空砲などの開発に注力している。
北朝鮮に対する攻撃能力に関しては、韓国の弾道ミサイルの射程が2012年に最大800kmにまで延長することに米韓両国が合意しているが、更に、11月7日に行われた米韓首脳会談において、弾道ミサイルの弾頭重量制限を完全に解除することで合意した。これによりミサイルの破壊力が増し、KMTRの面でも能力を大幅に向上させることになる。将来的には、現在開発中のより精密な誘導攻撃が可能な「戦術地対地弾道ミサイル(KTSSM)」がバンカーバスターのような機能を果たすことが期待されている。また、航空戦力では、昨年10月に、約500キロ離れた上空から首都平壌の重要施設を攻撃可能な長距離空対地ミサイル「タウルス」90発の追加導入が決定している。さらに、敵の重要施設を攻撃するため自爆型無人機を導入する計画もあるという。
ミサイル防衛では、現在導入を進めているPAC-3と昨年から配備が始まった中距離地対空ミサイル(M-SAM)「天弓」に加え、長距離地対空ミサイル(L-SAM)を現在開発している。韓国国会では一部議員からSM-3(艦載弾道弾迎撃ミサイル)導入を求める声が上がっているが、韓国海軍はその導入には消極的な反応を示している。また、一時期、北の長射程砲から韓国軍の指揮機能とKAMD施設を防護するためイスラエルの対空防衛システム「アイアン・ドーム」の導入に関心を示したこともあったが、軍事的効能の面から最終的には採用されず、代わりに韓国独自の「アイアン・ドーム」型防衛システムを開発中である。
以上のように、韓国軍が現在開発中や導入段階にある装備品の一部を紹介したが、北朝鮮の脅威に対処するために、陸海空それぞれの軍事力が増強されているという事実は明らかだ。こうした増強だけにとどまらず、北のSLBM搭載型潜水艦の脅威に対抗するため、原子力潜水艦の建造や対潜哨戒機部隊の大幅な拡充を求める声が与野党政治家や専門家の間で依然として存在する。しかし、これらの装備を導入するには莫大な国防予算を必要とする点が導入推進の動きを封じている状況だ。韓国も日本と同様に、少子高齢化社会を迎え、増大する社会保障費によって財政的に厳しい状況である。同じような境遇にある我が国が、限られた財源の中で防衛費を劇的に増加させることがいかに難しいか、韓国政府はよくわかっているはずである。根拠のない対日懸念の裏には、自らの軍事力を増強させるという並々ならぬ意欲と、北朝鮮への対処を理由に周辺国が軍事力を増強させることへの韓国の焦りが垣間見える。