メディア掲載 外交・安全保障 2017.12.04
トランプ米大統領の初のアジア歴訪では「自由で開かれたインド太平洋」の実現が強調された。インド太平洋は「アジア太平洋」や「東アジア」と比べて馴染みある地域概念とはいえないが、インドの台頭に伴う戦略的重要性、太平洋とインド洋を経済・安全保障の両面から連結することの意義などが注目されている。
インド太平洋という地域概念を早くから研究してきた日本国際問題研究所の共同研究や米・豪・印の研究者らの分析を総合すると、以下のような主たる着目点がある。
第一は地政学・安全保障面からの重要性の高まりである。中国の軍事的台頭と海洋進出(東シナ海・南シナ海・インド洋)は、日米豪印そして一部の東南アジア諸国に安全保障上の課題の共有と収斂をもたらしている。また米太平洋軍は西太平洋からインド洋までの広域が担当地域であり、主要な同盟国・パートナー国の連携は戦略的統合性を高める。
第二は貿易投資関係を軸とする経済圏としての重要性である。旺盛な経済発展を続けるアジアにおいて、新興大国のインドやインドネシアのウェートが高まりつつある。インドはアジア太平洋経済協力会議(APEC)や環太平洋経済連携協定(TPP)のメンバー国ではないが、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)等を通じてインドとの接続性を高めた経済地域とすることの重要性は明白である。
第三は政治的秩序の形成を主導する概念としての位置付けである。自由で開かれた国際秩序、法の支配、民主主義、人権といった価値を共有する国々が連携し、地域内における自由で開かれた秩序を主導するという考え方である。インド太平洋に込められたこれらの意図の核心に対中戦略があることは付言を要さない。
他方で、インド太平洋概念をめぐる地域内の認識は必ずしも一致しているわけではない。中国との経済的相互依存を背景にインドやオーストラリアはかつて日米豪印の明示的連携を避けてきた経緯がある。米国の打ち出したインド太平洋戦略が定着するかも不透明だ。また、これまで地域制度の形成を主導した東南アジア諸国連合(ASEAN)は日米印豪4か国の中で埋没してしまう懸念、大国政治に巻き込まれることや対中包囲網の一貫として外交の柔軟性を喪失する懸念を抱えている。他方で、これら4か国を含む地域制度(例えば東アジア首脳会議や拡大ASEAN国防相会議)を構築・主導してきたのもはからずもASEAN自身である。インド太平洋が地域概念として定着するかは以上のウェートの異なる戦略観を共有できるかにかかっているのではないだろうか。