メディア掲載 国際交流 2017.11.27
昨年9月にワシントンDCを訪問した時、数人の中国専門家の友人から同じような話を聞いた。それは、最近、中国市場に対する米国企業の見方が以前に比べてネガティブ(慎重、消極的)になってきているという話だった。
その翌月、北京・上海・広州に出張すると、それとは逆に、日本企業は中国ビジネスの業績好転を背景に、それまで数年間続いていた対中投資に対する慎重姿勢を修正して積極化に転じる動きが少しずつ広がり始めているという話を耳にした。
米国企業はネガティブへ、日本企業はポジティブへと中国ビジネスに対する見方が逆方向に向かっていたのである。
日米の企業の間でどうしてこんな違いが生じているのか、理由が分からなかった。
米国の友人たちによれば、米国企業に関するこうした見方は、上海米国商会の幹部が昨年9月にワシントンDCやニューヨークを訪問し、講演の中で伝えたものだった。
上海米国商会は、中国現地で直接生情報と接しているだけに米国企業の中国ビジネスの実態をよく理解していると評価されている組織である。
中国専門家の間では、米国における反中感情を背景に中国悲観論を強調する米国内の一般的論調とは一線を画していることで知られている。その組織の幹部の発言だけに米国の多くの中国専門家の間で評判になり、私の友人たちが私に伝えてくれたのだった。
米国企業がどうしてそのような見方をするようになったのか、その理由を聞いてみると、次の3つの要因が指摘された。
第1に、知的財産権の侵害、第2に、中国政府の突然の政策変更によるビジネスへのダメージ、第3に、資金回収難である。
この理由を聞いた瞬間、おかしいと思った。と言うのは、これらの要因はすべて2010年頃以降、中国国内市場の開拓に注力し始めた日本企業がずっと指摘し続けていることばかりだったからである。
これらの理由で昨秋から急に中国市場に対する見方が変化するはずはない。
何か本当の理由が裏にあるはずだと考え、その後中国現地駐在の日本人ビジネスマン、政府関係者、学者などいろいろな方々にこの話を伝え、その理由を尋ねたが、確たる答えは得られなかった。
上記の話を聞いてから1年が経過し、本年9月下旬に米国に出張した際、ある著名な中国通の国際政治学者にこの話を伝えた。
すると、上海米国商会幹部を紹介するから、直接会って話を聞いてみてはどうかという大変ありがたい提案をいただき、すぐにメールを送って紹介してくれた。
翌10月末、上海出張時に直接会って内容を確認したところ、上海米国商会幹部の答えは次のような内容だった。
確かに最近、米国企業は中国ビジネスに対する見方が以前に比べてネガティブになっている。それは昨年からということではなく、現地企業に対するアンケートの結果では2014年以降見られ始めた現象である(下の図表参照)。
ただし、その見方は業種別のばらつきが大きい。自動車、製薬、ヘルスケアなどは今も好調が続いているため、その関連の企業は中国ビジネスへの取組姿勢は積極的である。
一方、IT関係企業は、中国市場に対して非常に厳しい見方をしている。その原因は、中国政府による様々な規制強化により、米国IT企業が自由にビジネスを展開することができないためだ。
それらの中間が日用品である。最近、中国地場企業がシャンプーなどの日用品分野で品質を向上させ、従来米国企業が優位に立っていた分野で中国企業が台頭し、米国企業のシェアを奪い始めている。
このように業種別のばらつきはあるが、米国企業にとって中国市場のビジネス環境は全体として徐々に厳しくなっていく傾向にある。
これらに加えて、知的財産権の侵害が是正されないこと、昨年は成長率が低下したことなども、中国市場に対する見方がネガティブに傾いた原因である。
以上の上海米国商会幹部のコメントは昨年来の疑問に対する重要な解だった。
その出張に際して、北京の中国EU(欧州)商会も訪問し、欧州企業の中国市場への取り組み姿勢を聞いたところ、やはりこの1~2年の中国への警戒の高まりを指摘した。その要因として次の3点を挙げた。
第1に、中国企業による相次ぐ優良欧州企業買収の脅威。
第2に、AI(人工知能)の発展に伴い、様々な産業においてビッグデータがかつての石油に匹敵する重要性をもつようになった現在、中国企業はデータ収集力において他国を寄せつけない優位に立っていること。
第3に、スマホ、eコマース、フィンテックなどの分野で示されている中国企業のイノベーション力である。
ドイツでは、アンゲラ・メルケル首相は中国と緊密な関係を保持しているが、ドイツ経済界では中国企業に対する警戒感が強まっており、対中投資に対する積極性が以前に比べて後退しているとのことである。
このように、中国市場をよく理解している米国および欧州の企業は、それぞれ要因は異なるが、以前に比べて中国ビジネス、あるいは中国企業に対する見方が消極的または警戒的な方向に傾いてきていることが確認できた。
足許は本年入り後の中国経済の内需の堅調な推移を背景に、欧米企業の多くが売り上げや利益を伸ばしているため、成長率が低下した昨年に比べると、中国市場に対する見方は明るくなっていると聞いた。
それでも、上記のような見方を反映して、対中投資の拡大には総じて慎重な姿勢を崩していない模様である。
以上のような欧米企業の中国市場に対する見方の変化に対して、日本企業はむしろ昨秋以降、中国ビジネスへの取り組みを積極化させており、その傾向は本年入り後一段と明確になっている。これは10月末から11月初の中国出張でもはっきり確認できた。
その主な要因としては以下の点が考えられる。
第1に、中国の中間所得層の急速な拡大に伴って、日本企業の製品・サービスに対する需要が年々大きく拡大していること。
第2に、2012年秋に発生した尖閣問題以降、3年程度続いた日本車に対するマイナスイメージがこの1~2年でようやく払拭され、売り上げ好調が続いていること。
特に今年の国別乗用車販売台数の前年比伸び率は、日本だけが2ケタの高い伸びを保っているのに対して、中国、ドイツ、米国は1ケタの伸びにとどまり、韓国とフランスは大幅に減少している。
第3に、日本を訪問する中国人旅行客の急速な増大が続いており、中国人の消費需要の増大が大きなビジネスチャンスであることが、ようやく多くの日本企業に認識されるようになってきたこと。
第4に、本年入り後、中国のマクロ経済の状態がここ数年なかったほど安定しており、中国経済悲観論を強調してきたメディア報道もさすがに極端な悲観論を述べ続けることが難しくなっていること。
以上のような要因を背景に、一部の日本企業では、これまで数年間にわたり中国ビジネスの拡大に慎重かつ消極的だった本社経営層が、今年に入ってから見方を修正し、中国市場での新たなビジネス展開を考えるよう中国現地駐在の幹部に対して指示し始めている。
これらの4つの要因の共通点は日本企業のマーケティング力の向上によるものではなく、日本企業を取り巻くビジネス環境の好転が原因となっていることである。
欧米企業は早くから中国国内の購買力拡大を把握し、高いマーケティング力を生かして中国国内市場で現地のニーズを的確にとらえ、需要拡大とともに販売を伸ばしてきていた。
これに対して日本企業は、一般的に欧米企業に比べて技術力は高いがマーケティング力が劣っていることから、急速に変化する中国市場のビジネスチャンスを把握するのが遅れ、現地のニーズに適合した製品を供給することがうまくできていなかった。
このため、市場の急速な拡大にもかかわらず、販売好調な日本企業は一部に限られていた。
それに加えて、2010年以降、日本企業が得意とする顧客層である中間所得層の人口が急増し始めた矢先に尖閣問題が発生し、大半の日本企業が中国ビジネスに対して極端に慎重化した。
その結果、経営者が中国を訪問しなくなり、中国経済悲観論を強調するメディア報道を鵜呑みにしてビジネスチャンスに目を向けなくなり、一段と中国市場の把握ができなくなった。
ところが、こうしたマイナス要因が、
(1)中間所得層の急拡大持続
(2)今年の中国経済の良好な状況
(3)メディア報道の極端な中国悲観論の修正傾向
(4)最悪だった日中関係の一定の改善
といったプラス要因によって徐々に打ち消され始め、日本企業のビジネス姿勢の積極化につながってきている。
依然として多くの日本企業のマーケティング力は欧米企業に見劣りするが、中国市場の需要自体が日本企業の得意な中間所得層向けのゾーンで拡大してきたおかげで、日本企業の製品・サービス対するニーズが増えてきている。
このため、現地の日本企業でも、「中国人がこれから必要とするもの、欲しいと思うものを一番持っているのは日本企業だ」というポジティブな見方が広がり始めている。
これが欧米企業と日本企業の中国ビジネス観が逆方向に向かっている背景である。
今後を展望すれば、欧米企業の中国ビジネスに対する見方が変化する要因は当面見当たらない一方、日本企業の見方の好転を支える上記のプラス要因はしばらく継続する可能性が高い。
このため、欧米企業と日本企業の間に見られている中国ビジネス観の乖離現象は今後しばらく続く可能性が高いと考えられる。