コラム 国際交流 2017.10.05
9月6日、7日にロシア極東のウラジオストクで開催された「東方経済フォーラム」に、小手川大助研究主幹とともに参加した。同フォーラムは、ロシアの極東開発を「21世紀を通じた国家的優先課題」として重視するプーチン大統領の強いイニシアティブのもと、2年前に創設されたもので、今年で3回目の開催となる。
今回のフォーラムの特徴は、その参加人数の大幅な増加であろう。60ヵ国以上から6,000人余が集まったとされ、その数は昨年のフォーラムの倍近くにまで膨らんだ。ロシア国外からの参加者については、日本からの参加が最多となり、韓国、中国がそれに続いた。今回は北朝鮮からも、対外経済を担当する閣僚ら6名からなる代表団が参加している。
日本からの代表団には、従来からロシア関連のビジネスに携わってきた大手企業のほか、中小企業のトップらの姿も見られた。日露の地域間交流の促進に向け、北海道や鳥取、富山の知事らも参加した。また、今回初めて、自民党を代表し党政調会長代理が招待を受けて参加するなど、日本の参加者の幅が広がりを見せている。日本の大学から学長や関係者らも参加し、ロシア極東地域の大学との学術交流に関する調印が行われるなど、新しい動きも見られた。
各国からの代表団も広がりを見せた。首脳としては、日本の安倍首相が昨年に引き続き参加したほか、韓国の文在寅大統領、モンゴルのバトトルガ大統領が初めて参加した。閣僚については、韓国から経済副首相をはじめとする4人の閣僚が参加、日本からも河野外相、世耕経産相、加藤厚労相、松山IT政策担当相が参加した。その他、目立ったところでは、インドのスワラージ外相、アメリカのブラウン・カリフォルニア州知事らが初めて参加している。政府関係者はもとより、民間企業幹部がロシアのフォーラムに参加しないよう圧力をかけていたオバマ政権とは様変わりである。
東方経済フォーラムのメイン・イベントは参加国の首脳が集うプレナリー・セッションで、今年もロシアのプーチン大統領、日本の安倍首相、韓国の文在寅大統領、モンゴルのバトトルガ大統領が登壇し、スピーチと討論を行った。プーチン大統領は今回のスピーチのなかで、極東開発に向けてロシアが進める法改正や新型経済特区など意欲的な政策を紹介し、それらが実際にここ3年間の極東の工業生産や投資の伸びに数値として実を結びつつあると紹介した。同時に、極東からの人口流出の問題については改善の兆しが見られるとしつつ、今後の極東のさらなる発展のためには人材の育成・確保が不可欠である点に触れ、極東の医療や教育など人々の生活環境の改善に今後積極的に取り組んでいく姿勢を強調した。また、宗谷海峡をつなぐ橋についても「難しい課題ではない」との発言があり注目を浴びた。
安倍首相のスピーチは、日本が推し進めるロシアとの8項目の経済協力、とりわけロシアの人々の生活の改善に直結する「医療の向上と健康寿命の推進」、「住みよい都市作り」といった分野についての具体的な協力プロジェクトを、映像を用いて紹介するもので、簡潔で分かりやすく、好評であった。安倍首相はまたスピーチのなかで、会場にいた柔道の山下八段を紹介し、同日の夜には黒帯保有者であるプーチン・バトトルガ両大統領と連れ立って国際柔道大会を観戦するという「柔道外交」もこなした。
なお、韓国の文在寅大統領のスピーチは、韓国とロシア極東との連携の姿勢を強調した非常に長いものであったが、具体的な内容には乏しかったのではないかというのが一般的な評判であった。モンゴルのバトトルガ大統領は、ごく簡潔なスピーチのなかで、ロシア極東はモンゴルにとって「極東」ではなく「近東」であるとし、今後の協力に期待を寄せた。
初日の東方経済フォーラムのオープニング・セッションでは、ロシアのトルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表が挨拶を行ったほか、前出のインド外相が具体的な内容を含む包括的なスピーチを行い、ベトナムの共産党経済担当書記、米カリフォルニア州知事も挨拶を行った。
日露セッションには、昨年を上回る多くの参加者が来場した。日本側からは経団連の朝田照男・日本ロシア経済委員長(丸紅会長)や三井物産の飯島彰己会長ら相当数の財界人が参加、ロシアからもシュワロフ第一副首相、オレシキン経済発展相が参加したほか、関連省庁の新世代ともいうべき若手次官らや有力企業のトップらが揃った。日露双方から具体的な協力プロジェクト等について報告があったほか、日本側からはロシア極東で進められるインフラ整備の民間への開放などについて要望も出された。
日本のセッションが立ち見が出るほどの参加状況だったのに比べ、韓国や中国のセッションについては、今年は参加者が減少した印象だという。中国は党大会が目前ということもあり、政府関係者はもちろん、企業も参加を見送ったという事情も影響したようだ。
ロシアの「バルダイ・クラブ」のセッションでは、「露・中・日・米の四角形――協力の可能性はあるか?」というテーマのもと、ロシアからモルグロフ外務次官とヴォスクレセンスキー経済発展次官、日本から前田JBIC副総裁、アメリカからブラウン・カリフォルニア州知事、ルトワック戦略国際問題研究所上級顧問らが登壇し、北朝鮮の核問題をはじめとする新しいチャレンジとアジアにおける安全保障環境、ロシアのアジア太平洋地域への統合といったテーマについて討論が行われた。ただ、セッションには中国からの登壇者は参加しておらず、会場の参加者からその点について質問が出され、バルダイ・クラブ側から、招待状は送ったが先方の都合により参加が叶わなかったと説明する一幕もあった。ここにも中国の党大会が影響した模様だ。
なお、今回の東方経済フォーラム全体においては、アムール天然ガス加工場や製油所、石油化学工場建設への投資といった大規模なプロジェクトを中心に、217の合意文書が交わされ、その総額は2兆4,950億ルーブル(およそ4兆8,400億円)に上ったとされる。日露間では、9月7日に行われた日露首脳会談を踏まえ、官民合わせて56件(うち民間は48件)の協力案件が合意された。
最後に、今回のフォーラムには日本から多くの企業や政府関係者、自治体、大学等が参加した関係で、日本の優れたロシア語通訳者がウラジオストクに「総動員」されたような印象を受けた。その背景には、ウラジオストクなどの極東地域はもちろん、モスクワのような都市部を含め、ロシアで日本語通訳の数が極端に不足しているという現状がある。同様に、日本におけるロシア語通訳の数も、会議通訳のレベルとなると非常に限られる。今後こうした大規模な日露間のイベントはもちろん、中小企業を含めたさまざまな分野、さまざまなレベルでの交流が促進されるなか、両国における日露語通訳の育成もまたひとつの課題となりそうだ。