コラム  国際交流  2017.08.31

米国大統領選挙へのロシアの介入を否定する最近の発表

1. 大統領選挙におけるトランプの勝利以降、CNNなどのメインストリームマスメディアは2016年の民主党の大統領候補選出の選挙などに対するロシアの関与を大きく問題にしてきた。しかしながら、ロシアの関与について明確な証拠はこれまで提示されてきていないのが実情であった。


(1)2016年10月にアメリカ国土安全保障省及び国家情報長官官房は、大統領選挙においてサイバー攻撃による妨害が行われていたことを認める声明を出した。

(2)2016年12月9日、ワシントンポストは、アメリカ中央情報局の秘密評価報告書を引用し、サイバー攻撃はロシア政府機関のハッカー集団によるもので、トランプ側の勝利を支援する者によるものであると報道した。

(3)2016年12月29日、オバマ大統領はロシア政府が米大統領選に干渉するためにサイバー攻撃を仕掛けたとして、アメリカ駐在のロシア外交官35名を国外退去処分にするなどの制裁措置を発令した。

(4)2017年1月6日に情報専門家集団(ICA)は「ロシア軍の情報機関がグシファー2.0という名の団体を使ってサイバー攻撃によって取得した秘密情報をメディアやウィキリークスに回したということについて強い確信がある」との発表を行った。



2. そのような中で、ロシアによる関与を否定する重要な証拠が開示され、米国の著名な雑誌が最近この事実をフォローするとともに、欧州のメディアもこれに注目してきている。そこで本稿においては、これらの雑誌による報道も参考にしながら本件の経緯を再度検証してみたい。



3. 問題の発端-ウィキリークスへの民主党全国委員会(DNC)の情報漏洩


(1)2016年6月12日にジュリアン・アサンジが英国のテレビ局とのインタビューで「我々はヒラリー・クリントンに関するEメールを持っておりこれを公表する予定である」と述べた。

(2)2016年6月14日に、DNCは、DNCのサーバーがハッキングされた事実を発見した、との発表を行った。

(3)2016年6月15日に、グシファー2.0と名乗る者が、自分がハッキングをし、またウィキリークスへの情報源であると主張した。彼が掲載した最初の5つの文書にはロシアの指紋で汚されていた(即ち、ロシアがハッキングしたことを匂わせる記号などが文書に垣間見られた)。

(4)ウィキリークスは7月22日から上記(1)の情報の公表をオンラインで開始した。大統領選の候補者指名争いでワッサーマンシュルツ全国委員長など党指導部がサンダース上院議員を追い落とす作戦を練っているとの情報の正確性については誰も疑義を挟むものがなく、7月24日にDNCは同委員長の大会閉幕時の辞任を発表した。

(5)ここで注意しなければならないのは、上記(1)と(2)にあるように、DNCのファイルが公開されたのは二つの情報源によるものであり、一つではなかったということである。

(6)(1)について、ウィキリークスは、手に入れたファイルはファイルに対しアクセスする権限を持っていた内部の者によって漏洩されたものであるということを主張し続けてきている。

(7)これに対し、(3)グシファー2.0は情報をハッキングしたと主張してきたのである。



4. VIPS(Veterans Intelligence Professionals in Sanity「正気の情報専門家OB」)の発表


(1)2017年7月24日に、VIPSはトランプ大統領あてのメモを公表した。VIPSはCIAなどの情報機関に勤務していた情報技術の専門家たちが、2003年に化学兵器の存在を前提にして行われた英米のイラク侵攻に反対する形で設立された独立の団体である。

(2)メモの分析は、ウィキリークスが手に入れたファイルはファイルに対しアクセスする権限を持っていた内部の者によって漏洩されたものであり、ハッキングの成果ではないということを示している。

(3)VIPSのメモは更に専門的な技術から考察して、「3.(2)の情報漏洩も3.(1)と同様な複写と漏洩という手順で行われた」(即ち3.(2)はハッキングではない)という結論を出している。

(4)理由は、DNCのデータは遠距離からのハッキングでは不可能な速度で情報が保管機器にコピーされていること、コピーとその後の修正は米国東海岸で行われていることを専門家たちが見つけたからである。



5. 今回の発表のポイントと従来の報道との相違


(1)「ロシアによる」ハッキングについては具体的な証拠はこれまで一切提示されていない。2017年1月に証拠を尋ねられたオバマ大統領も、「具体的な証拠はないが高い確信がある」という発言にとどめている。

(2)この「高い確信」の根拠になったのが上記の1.(4)のICAの発表だった。

(3)この点に関し、当時の国家情報局長官であるジェームズ・クラッパーは5月8日に行われた上院司法委員会の審問において、「ロシアがハッキングを行ったとする意見は、CIA、NSAそしてFBIから選ばれた分析官により構成されたICAが作成した発表に基づくものであり」そのメンバーは各機関を代表するのではなく恣意的に選ばれた職員であったことを認めている。

(4)そして6月末にニューヨークタイムズとAP通信は、これまで報道してきた上述の発表が「17の情報関係機関の合意と承認」によるものではなく「4つの機関により行われた分析(機関決定ではない-筆者注)」であるとの訂正を行った。

(5)このように、これまでのロシア疑惑についての報道や発表の根拠について疑問が持たれ始めてきた中で、今回のVIPSの発表は、上記の「確信」の根拠になったグシファー2.0の情報が(ロシアといった)遠距離からのハッキングによるものでなく、米国東海岸で、恐らく組織内部の者でファイルにアクセスできた者がファイルをコピーしたものであるということを、情報技術の専門家として明確にしたということで、これまでの「ロシア疑惑」を正面から否定するものとなっている。



6. マスメディアによる報道


(1)上記のような重要な内容にもかかわらず、VIPSのメモはしばらくの間、米国の主要メディアでは全く取り上げられなかった。これには、筆者が別の機会に説明する主要マスメディアの幹部人事を見ればあからさまとなる、主要マスメディアの反トランプ体質が影響しているものと考えられる。

(2)しかしながら、遂に、発表から約2週間を過ぎた8月9日に著名な雑誌のNationがメモの内容を取り上げ、8月11日にはBloomberg Newsがこれに続いた。その後は米国内のメディア、欧州のメディアが続いている。このような報道の中で、「ロシア疑惑」に関するニュースは影を薄め、代わりに8月12日からはシャーロッツビルでの事件を契機に「人種差別問題」が喧伝されてきているのは興味深いことである。