国際連盟、国際連合、ブレトンウッズ(IMF)体制、NATO(北大西洋条約機構)、EU、GATT(関税および貿易に関する一般協定)、WTO(世界貿易機関)、G7など、世界秩序を支える主要な組織や国際協議の枠組みは、20世紀前半以降、すべて欧米主導で形成されてきた。
しかし、昨年以降、英国がEUから離脱、米国がTPP(環太平洋経済連携協定)交渉およびパリ協定から離脱するなど、欧米諸国が築いてきた重要な組織や枠組みから主要国が離脱する動きが相次いでいる。
英国がEUから離脱すれば、国際金融面でロンドンが担っていた役割をドイツやフランスが完全に代替することは不可能であるため、国際金融市場、あるいは国際金融体制における欧州のステータスが一定程度低下することは避けられない。
それのみならず、2008年9月のリーマンショックに端を発する財政金融危機を背景に長期的な停滞が続く欧州経済の地位低下が一段と加速する可能性が高い。
この間、米国では本年1月のトランプ政権発足後数か月が経過したが、その政策運営の混迷ぶりは内政・外交両面において多くの有識者の予想を上回るものとなっている。
加えて、ロシアゲートの疑惑が暴露されて弾劾される可能性も指摘されている。
しかし、米国の選挙区割りが構造的に共和党に有利になっており、弾劾訴追に必要な下院における過半数の賛成を確保することは極めて難しいと見られているため、トランプ大統領が弾劾される可能性は低いと予想されている。
もし今後4年間、米国が現在のような政策運営の混迷状況を持続すれば、米国の国際社会における地位低下が続き、トランプ政権の次にどのような政権が誕生しようとも、これまでの米国一極覇権体制に戻ることは難しくなるとの見方は少なくないはずだ。
米国の国際社会における地位の低下は、トランプ政権から始まったものではない。21世紀入り後、ジョージ・W・ブッシュ政権ではイラクとアフガニスタンに侵攻したが、中東の安定化を実現するどころか、テロリズムの拡大を止めることができず、むしろ悪化させた。
バラク・オバマ政権は核廃絶、アフガニスタンからの駐留米軍の撤退、アジア重視政策などを訴えたが、何も実現せず、ウクライナ問題や欧州の難民問題に対しても有効な手を打つことができなかった。
このため、オバマ政権の外交政策に対する評価は低く、米国のリーダーシップの低下を明確に印象づけた。
このように、21世紀入り後、ブッシュ政権、オバマ政権とも、国際社会における米国の信認を低下させ続けてきた。トランプ政権はその流れをさらに加速させつつある。
仮にトランプ政権が4年間続くとすれば、この3つの政権の任期の合計は20年間であり、これほど長期にわたって国際社会から信頼されない外交を続ければ、米国に対する信認の不可逆的低下は不可避であると考えられる。
現在の欧州における英国のEU離脱交渉、米国トランプ政権下で混迷状態にある政策運営を見ると、以上述べてきた欧米諸国の状況が、短期的に改善される可能性は極めて低い。
こうした状況が今後数年間続くとすれば、20世紀前半から続いてきた欧米主導の世界秩序形成の基本的な枠組みが根底から変化し始め、中国、ロシアなどが新たな主要プレイヤーとして加わり、多極化に向かう方向が強まる可能性が十分考えられる。
世界秩序形成過程において重要なファクターとなるのは外交・安全保障面のパワーと経済力である。
経済力は産業競争力、金融面の支配力、国際的なルール設定に関する影響力など様々な要素が絡むものであり、単純に規模だけで測ることはできない。とは言え、単純なGDP(国内総生産)の規模も経済力を測るうえで重要な指標の1つである。
IMF(国際通貨基金)世界経済見通しのデータベースによれば、アジア全体のGDPの合計は2010年前後を境に、北米(米国+カナダ)およびEUの両方を上回り、それ以降アジアと北米、EUとの格差は着実に拡大方向にある(図表参照)。
そのアジアの経済成長を牽引するのは日中韓3国の東アジアである。日中韓3国のGDPはアジア全体の約8割を占め、ASEAN(東南アジア諸国連合)やインドと緊密に連携しながら、アジアの発展をリードしている。
中国、ASEANおよびインドの経済発展の傾向が短期的に変化するとは考えにくいことから、足許のトレンドは今後中長期的に続く可能性が高い。このため、グローバル経済におけるアジアの重要性はますます高まっていくことが予想される。
しかも、このアジア地域の発展は中国をはじめとしてWTOに支えられた自由貿易の恩恵を享受したものであるため、アジア諸国はTPP、日中韓FTA、RCEPといった自由貿易の枠組みの重要性をよく理解している。
そうした経緯を考慮すれば、アジア諸国が世界の自由貿易をリードする重要な存在へとステータスを高めていくと考えられる。
以上のように、今後中長期的なトレンドとして、世界秩序形成の枠組みが変化し、従来の米国一極覇権体制から多極化体制へと移行することが予想される。
そうした変化の中で、これまで日米同盟を基軸として、ほとんどの外交政策において米国に追随してきた日本の外交はこのままでいいのかという問題を考える必要が生じるのは言うまでもない。
米国の地位低下と言っても、安全保障面では米国が引き続き世界の中で群を抜いた圧倒的な存在である状況が、今後も長期にわたって継続することは疑いの余地はない。
考慮すべき問題は、経済面、外交面での世界秩序形成メカニズムが、これまでの米国一極体制から、米欧露中印日といった主要国による多極化体制へと移行していく過程において、世界秩序が不安定化するリスクが高まることである。
そうした局面において、日本はどういう役割を担うべきであろうか。
日米同盟が日本の外交の基軸であることは今後も変わらない大前提である。
ただ、世界秩序形成の枠組みが多極化に向かう過程で、米国のリーダーシップが低下すれば、意見集約が難しくなり、結論が出ないまま議論が漂流するリスクが高まる。これは世界秩序の不安定化を意味する。そうした方向に向かう世界情勢の下で日本が担うべき役割を考えてみる。
日本は防衛力を保持しているが、国際紛争に直接武力介入する軍事力は持たないという特殊な国是を憲法上掲げていることが前提である。この前提自体を見直すべきであるという考え方もあり得るが、筆者はこれを変えるべきではないと考える。
他国のようにハードパワーで勝負することが難しいからこそ、経済力・文化力に力点を置くソフトパワーを強化しなければならない。その制約が今後、日本の強みとなっていくと考えることができる。
21世紀入ってのち、世界のグローバル化が進展し、民主主義先進国間では軍事力を行使する機会は大幅に減少しており、軍事力のもつ意味や国際紛争解決における位置づけが徐々に変化してきていると考えられる。
日本は明治維新以後、東洋の国家でありながら西洋の国々と緊密な関係を構築してきており、西洋東洋の両側から一定の信頼を得ている。
その日本は伝統精神文化として、古来「和」の理念を尊重してきた。その理念には調和・融和・平和といった概念が内包されており、現在のグローバル社会においても広く受け入れられる理念である。
これまでの米国一極体制下では、米国が世界の議論のまとめ役としての役割を担ってきた。
しかし、今後多極化の進展とともに米国のそうした役割が低下していく場合、主要国の考え方の違いがより表面化しやすくなり、国際的協議の結論が出にくくなることが懸念される。
そうした観点から日本の世界における位置づけを考慮すれば、日本が主要国間の相互理解・相互信頼を醸成する「和」のプラットホームを提供する役割を担い、世界秩序のあり方を巡る合意形成のために積極的に貢献すべきであるというのが筆者の考え方である。
こうした役割はソフトパワーに依拠することから、政府機関のみならず、民間企業や個人の立場でもこれに協力し、日本の「和」のプラットフォーム形成機能を支えることが可能である。
日本は安全保障面で武力行使を通じて貢献することが難しいという制約がある中で、世界に対して一定の貢献を果たしていくためには、このような官民の協力に基づくソフトパワーを生かしたやり方が最もふさわしいと考えられる。