メディア掲載  エネルギー・環境  2017.07.14

破壊的イノベーションで省エネは進むか-ICTの進歩で経済成長しつつCO2削減も-

エネルギーフォーラム EP REPORT 第1891号に掲載

 物理学者ファインマンは1959年の講演「下の階には部屋が沢山ありますよ」で、微細加工技術が進むことで、どれだけ多くの情報処理が可能になるか、理論的に計算してみせた。情報の保存に必要な原子の数を勘定し、ブリタニカ百科事典をペンの頭に埋め込むことも出来るとした。ご案内のように、今ではこれは実現している。

 ファインマンの予言は他にも多岐にわたり、情報通信技術が微細加工により飛躍的に進歩を遂げる可能性を理論的に指摘した。まだ半導体というと、ようやく1958年にはじめてテキサツインスツルメンツにおいて集積回路が発明されたばかりだから、驚異的な予言だ。

 このような情報通信技術の進歩によって、経済成長しつつCO2を削減するという「デカップリング」が実現するという見方がある。これは本当だろうか。



運輸部門における試算の現状

 経済協力開発機構・国際交通フォーラム(OECD/ITF)の「交通アウトルック2007」によれば、運輸部門において、燃費向上、バイオ燃料への燃料転換、電気自動車の導入などによって、CO2排出を削減することが可能とされる。ただし、この予測の方法は、主に過去のトレンドに基づくものであって、いわゆる「破壊的イノベーション」はこのシナリオの計算には取り込まれていない。

 ここで言う交通分野の破壊的イノベーションとは、電気自動車、自動運転車、新たなカーシェアリングなどを指している。これらは、旅客の移動や貨物の輸送の様式を一変させる可能性が高いとされる。例えば貨物の輸送では、自動運転トラックの登場で、競争優位が鉄道などから道路貨物へと劇的に移行し得る。他方で従来型の公共交通のバスは不要になるという。

 これらの破壊的イノベーションの定量的予測は難しいが、先駆的で興味深い検討がなされつつある。やはりOECDの試算ではICTを駆使してタクシーやバスのカーシェアリングをコーディネートすることにより、車の台数を10分の1にしても同じだけの旅客需要を満たし、内燃機関などの既存技術を用いたとしても、大幅にCO2を削減できるとした。のみならず、電気自動車や自動運転を合わせて導入すると、さらにCO2を減らせるという。

 これらの試算が面白いのは、有用だがありえない前提をおいていることだ。つまり旅客の移動パターンは、試算の前後で同じ、としている。この前提が有用なのは、定量化を可能にする点である。だがその一方で、これは全くありえない前提でもある。こんな便利なものが出来たら、みな移動パターンを変えるに決まっている。郊外に住んだり、ちょっとした用事でも頻繁に使ったり、外食の回数が増えたりするだろう。

 一般的にいって、エネルギー効率が高くなると、エネルギー消費量が減るとは限らない。便利になったり安価になったりすると使用量が増える。この「リバウンド効果」がまさに起きるはずだ。

 だがこうして一歩ずつ試算を進めていく価値はある。運輸部門では交通量を長期にわたって予測し、計画する習慣があったので、リバウンド効果についても試算の蓄積があるので、まずはそれを適用することが出来る。

 もちろんどこまで試算を積み重ねても、真に破壊的なイノベーションであれば、運輸部門の輪郭すら曖昧になるから、正確な予想は望めない。それでも、このような形で洞察を得ないことには、適切な政策を立てることも望めない。



洞察を得るための試算を

 研究の現状としては、部門として長期予測する習慣が確立している運輸部門が先行している様に見える。それでも破壊的イノベーションに関しては、まだ長期シナリオには取り込まれておらず、他方では個別具体的なボトムアップ的な試算が並立して進められている段階である。だが徐々に、後者の知見によって前者に修正がかけられて、より適切な形で長期的な洞察を得ることができるだろう。

 実はこれと同じ作業は、産業部門でも民生部門でも可能なはずだが、まだ遅れをとっているように思える。例えば家庭内では、すでにエアコンなどに人工知能が入っている。だがこれからスマホを上回るプラットフォームがほとんどの世帯に入り込み、それと連動した腕と足のあるロボットが入り込むとどうなるか。省エネは、人工知能とロボットが、快適性を犠牲にせずに完璧にやってくれるとなると、どこまで進むだろうか。

 ばかげた試算に思えるかもしれない。だが冒頭に紹介したファインマンのように、夢を持って、一度は理論的な追求をしてみたら面白そうだ。実はファインマンの予言は数々あったのだが、単一電子トランジスタを含め、実現したものは多い。大胆な省エネ予測も、そう遠くない時期に、実は的中してしまうかもしれない。高速道路におけるトラックの自動運転は、あと数年で実現されると言われている。スマホ以上に強力な家庭用の多機能プラットフォームもいま製品競争が起きている。