コラム エネルギー・環境 2017.06.05
トランプ大統領がパリ協定からの離脱を発表し、批判的な報道がなされている。トランプ政権はこれまで地球温暖化問題についても様々な物議をかもしてきた。
だが大統領が6月1日のスピーチで挙げた離脱の理由自体は、実は、それなりに筋が通っている。
理由とは、「中国・インドは負担が無いのに、米国には重い負担がある」「中国は石炭火力発電所に投資できるのに、米国は出来ない」というものだ。あれこれトランプ大統領が挙げている数字やレトリックには疑問が多々あるが、この二点に関しては、まさにその通りである。
米国のCO2等の排出削減の数値目標は26%~28%、中国の数値目標は60%~65%となっている(基準年はどちらも2005年、目標年は米国が2025年、中国が2030年)。これを見ると、中国も野心的に見えるかもしれない。だが、この数字は意味が違う。米国は「排出量」の削減であるのに対して、中国は「GDP当たりの排出量」の削減である。
経済成長率が高い新興国では、GDP当たりの排出量はなりゆきで減少する。中国のこの数値目標は、実は費用はゼロと見られている(RITE試算)。インドも同様である。
米国はシェールガス革命を成功させて、安価な天然ガスが得られるようになった。このため、天然ガス火力発電のコストも下がり、石炭火力発電と遜色がなくなり、いま発電部門では石炭から天然ガスへのシフトが進行している。これが効いて、2005年をピークに米国のCO2排出量は減少している。2025年に向けても同様な天然ガスへのシフトが進むので、米国にとっては、CO2の排出削減は、日本ほど大きなコストにならない、と見られている。だがそれでも、米国が26%~28%という数値目標を満たすためには、ある程度はコストがかかる。
このように、「中国は石炭火力発電を建てられるのに、米国は出来ない」というのは本当だし、「中国・インドは負担が無いのに、米国は重い負担がある」というのも本当である。
とはいえ、世界一豊かな国である米国が、その責任を果たすために、最も負担するのは当然であるとして、負担を理由に離脱することには、内外から非難の声が上がっている。
しかし、失業者があふれる米国の「ラスト・ベルト」(錆び付いた工業地帯)の人々は、世界一豊かだという実感は無いだろう。世界への責任を果たすという高邁な思想は西海岸・東海岸のリベラルな金持ちの言うことで、全くうんざりしている。ラスト・ベルトから見れば、温暖化対策に熱心なのはリベラルの連中だが、彼らは別に何も失わない。失業するのは我々だ。
トランプ大統領は同スピーチで「私を選んだのはピッツバーグであって、パリではない」と言った。もちろんパリでもなければ、サンフランシスコでもニューヨークでもない。だがピッツバーグは確かにトランプ大統領を選び、トランプ大統領はピッツバーグのために協定離脱を表明した。
米国のパリ協定離脱が、地球温暖化問題にどのような影響があるかは、まだ分からない。地球温暖化問題の解決には、世界のあらゆる経済主体や政治組織が関わる。パリ協定はそのごく一部品に過ぎないので、それが少々壊れても、徒らに悲観する必要はない。
むしろ、直ちに明瞭な影響が出るのは、国際政治である。
オバマ大統領は任期の終盤、地球温暖化問題を歴史的遺産(レガシー)として残すことに情熱を傾けた。パリ協定に先だってオバマは習近平と会談し、米国と中国の二国間で数値目標に合意した。これが国際交渉に大きな流れを作り、パリ協定の採択にこぎ着けた。
だがこの米中合意という演出のための代償として、オバマは、米国だけが一方的にコストを負担するという、不利な数値目標を受け入れてしまった。しかも、これを議会に諮ることもせず、そのままパリ協定を締結してしまった。
ラスト・ベルトの人々から見ると、自分の代表がいる議会をないがしろにして、米国が一方的に負担をする協定を中国と結ぶことは、売国的であるとすら感じられただろう。彼らが選出したトランプ大統領がこれを否定するのは当然である。
だがこの結果を他国から見ると、米国は、「地球環境保護」という道徳的に重要な課題に関する協定に、リーダーシップを発揮して合意しておきながら、すぐに反故にしてしまった。
中国はここ1、2年、南沙諸島での領海問題等での強引な振る舞いが反発を呼んで、国際社会で孤立気味であった。だがパリ協定があったおかげで助かっていた。伊勢志摩サミット等の場では、地球温暖化問題を持ち出すことで、国際社会と連携する姿勢を示し、道徳的な地位を確保することも出来た。
パリ協定とは、中国にとっては、自分はコストがかからないが、先進国には困難な目標達成を迫ることが出来るという、便利な道具である。中国は今後も、パリ協定を利用し続けるだろう。
中国は、パリ協定離脱という米国の大失点を、最大限活用することも出来る。つまり地球温暖化問題を持ち出すことで、米国の道徳的地位を貶め、欧州や日本と親密になって、国際関係における先進国内の足並みを乱すことが出来る。また米国内での鋭い意見の分裂を、いっそう深化させることも出来る。これは米国を最重要な同盟国とする日本にとっても、心配な事態である。
オバマ大統領がレガシーとして残そうとしたパリ協定は、米国にとって大きな負の遺産となってしまったかもしれない。