コラム  国際交流  2017.05.11

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第97号(2017年5月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 4月中旬、情報通信技術(ICT)が労働に与える影響を分析した報告書(Information Technology and the U.S. Workforce: Where Are We and Where Do We Go from Here?)が届いた。これは米国学術機関(National Academies)に設立された委員会--MITの経済学者エリック・ブリンジョルフソン教授とカーネギーメロン大学(CMU)の人工知能専門家トム・ミッチェル教授が共同委員長を務め、ダロン・アセモグルMIT教授等が参加した--がまとめたものだ。ICTが急速かつ間断なく進歩する一方、報告書は労働生産性と新規労働需要、更には貧富の格差に関して国・地域間に大きな相違が、ICTを利用する側の適応力に従って--しかもグローバル対応能力と政策の巧拙とが複雑に絡まり--発生すると警告する。従って報告書は国・社会・組織・個人の各レベルで、ICTの発達が"すんなり"とは受け入れられないとして、アセモグル教授の名著(Why Nations Fail)の中にも言及された事例を挙げている--エリザベス一世は、靴下の編機を発明した者に対し、「この発明が哀れな我が臣民に与える影響(即ち失業)」を憂慮して特許を認めなかったとのこと。

 こうした雇用不安に対処するため、報告書はICT関連の教育制度の充実と、今後の政策を探る上での研究課題を8点挙げており、関係者にとっては必読の書であると考える。翻って日本に目を向けると、3月2日に東京商工会議所が発表した「生産性向上・ICT活用状況に関するアンケート調査結果」を読み、日本の将来に不安(特にICT関連の人材難)を感じ、敬愛する英国詩人バイロンがラッダイト運動を弁護した演説を思い出しつつ、友人達と意見交換を行っている。そして今、米国の動きに対し我が国は如何なる形の協力及び競争関係を採り、如何なる分野で優位性を発揮し得るのかを考えている。

 さて、欧州政治は大きく揺れ、Brexitに関する"円満離婚(an amicable divorce)"の様相が次第に薄れつつある。これに関して、昨年末に刊行された本(Andrew Glencross, Why the UK Voted for Brexit: David Cameron's Great Miscalculation, Palgrave Macmillan)等を巡り、友人達と情報交換をしている。同書は、過去における危機--"(EUの前身)EEC脱退"を巡る国民投票(1975年6月)--に直面した労働党政権(当時はウィルソン首相)の対応とキャメロン前首相の対応を比較し、政府と国民との関係を分析している。そして代表民主制の下で「主権者たる国民が指導者を信頼出来るかどうか?」という条件次第によっては、国民は政府が発表する合理的推論に基づく(時として重箱の隅をつつくような(bean-counting))分析に耳を傾けることを忌避し、"一時の感情"に従って気まぐれな判断を下すと述べている。かくして名政治家たる要件--①冷徹で科学的見識を公衆の理性に訴えるだけでなく、②熱く語り情緒的に公衆の心を揺り動かす能力、更に極端な言い方をすれば①ノーベル賞レベルの知識を尊敬し、かつ利用する態度と②(良心を保持しつつも)ポピュリスト的な洗脳・催眠術の才覚--この2要件を兼備することの難しさを語り合っている。

 4月6日、マイクロソフト社は日本語を第10番目のAIによる翻訳対象として採用することを発表した。これまでに採用された9言語とは、7つの西洋言語(英仏独伊西露葡)に加えアラビア語と中国語だ。

 AI翻訳が進歩すると、メリット(例えば"旅行用外国語に毛が生えた程度の言語能力"だけで情報交換に満足している人の存在を縮小させる)と同時に、ディメリット(例えば量的・質的に知識の乏しい人が知的情報交換に参加することで、逆に議論が乱れまとまらなくなる)が生じる。また囲碁や将棋のように優劣の結果が"明解"な場合とは異なり、芸術や社会科学は、解の"一意性"が保障されず、同時にAIが活用する過去のデータに"判別の難しい誤断・誤訳"が多く含まれるために、AIによる成果が期待出来ないかも知れない。こうした点に関し、我々は今後とも議論を詰めねばならないであろう。

 AI・ロボットを含むICTの進歩は情報交換がグローバル・レベルで爆発的に拡大するなかで実現される。こうした理由から、今こそ我々のグローバル戦略が問われていることを銘記しなくてはならない。



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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第97号(2017年5月)