メディア掲載  エネルギー・環境  2017.05.09

【人類世の地球環境】キリバス人にはなぜ移住が必須なのか?

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM4月号に掲載

 キリバスは太平洋の赤道直下にある島国である。首都のあるタラワ環礁は海抜が2mと低いため、地球温暖化による海面上昇に対して脆弱であるとされる。だが、これに対しては、堤防のかさ上げ等の土木工事で対処できるだろう、と本コラムの1月号で書いた。

 では、それでキリバス人は移住しなくて良いかというと、実はそうではない。地球温暖化に関係なく、移住はキリバス人にとって必須なのだ。

 太平洋の島々というと何となく「自給自足の南洋の楽園」のイメージがあるが、実態はそうではない。

 キリバスは、国際政治的な経緯によって、人口10万人以下の極小国家として成立したが、経済的自立は果たせなかった。キリバス経済は輸入と援助に頼っている。輸入物資は穀物、魚や豆の缶詰、食用油、調味料、肉類等の食料、日用雑貨、機械、鉄骨等の資材、石油製品等、あらゆるものにわたる。現代のキリバス人は手間も掛かり、味の良くないタロイモ等の伝統的食物よりも、米や缶詰等の輸入した食物を好む。生活に必要な物資は大半が輸入で、商店やスーパーマーケットに行くと輸入品以外を探すことが難しい。

 主なインフラは、ことごとく援助によってできた。タラワ環礁で目立つものについて言えば、空港からの官庁街のバイリキまでの道路は世銀とアジア開銀、そこから港のあるベシオまでの道路は日本の援助である。漁業訓練学校の設立は日本の援助、商船の乗組員の学校の設立はドイツの援助によった。島で最大のディーゼル発電所は日本の援助によるものであり、その敷地内に設置された太陽光発電も日本の援助による。太陽光発電を屋上に設置した体育館はEUの援助による。

 首都のあるタラワ環礁は人口が密集している。輸入物資が入手しやすいうえに、医療や学校などのサービスが集中しているからだ。人口過密によって水質汚染が深刻になった。マングローブは燃料用に伐採され、乱獲もあって魚は減り、また海岸の侵食を招いている。下水の不備や、放し飼いにしている豚・鳥等の糞、またプラスチックや残飯等の投棄によって海水は濁っていて、海岸には悪臭とゴミが漂っている。これはサンゴ礁の死滅も招いている。貴重な淡水資源は島内の溜池ないし井戸から得られるが、この水質も汚染されている。

 キリバスが貧困と援助漬けの状態を脱するためには、所得を向上するしかない。だが、太平洋の只中に浮かぶ環礁島という地理的条件ゆえ、産業の振興は容易でない。日本でも離島は経済的に自立できず本土に依存しているが、キリバスは究極の離島だけで国家が出来ているようなものだから、大変だ。

 今後、経済的自立を果たすためには、海外移住がその柱の1つとならざるを得ない。他の太平洋の島国では、海外に移住してコミュニティを形成し、そこからの送金で経済状態を改善してきた。

 例えば、国内の人口が約10万人と、キリバスとほぼ同程度の規模であるトンガでは、海外移住が進んだ結果、国内の人口を上回る海外コミュニティが存在するようになった。アメリカ、ニュージーランド、オーストラリアに確認されるトンガ人口から推定されるだけで10万人以上となり、それ以外の国に住む人々、二世以降や混血層、さらに違法滞在者などを含めると、さらにこれよりも多くなる。海外からの送金は重要な収入源になっており、貿易赤字を相殺している。その総額は、GDPの3分の2に相当するという推計もある。

 キリバスも、他の太平洋の島国と同様、海外への出稼ぎを奨励してきた。だが、まだ海外に大規模なコミュニティを形成するに至っておらず、送金額もわずかである。キリバスの将来を考える時、一定の割合の人々が海外移住をしていくことは不可欠に思われる。そして、これは個人にとっても見聞を広め、能力を高める良い機会となるだろう。

 移住が順調に進めば、トンガ人のように移住先で本国を上回る大規模なコミュニティを築いて経済活動を行い、本国に住む人々にも送金して、キリバス人全体としての経済的な自立を図っていくことが可能になる。そして、このような移住を進めていくことは、もちろん、地球温暖化への適応として、いよいよ移住が必要になった場合への備えにもなる。

 移住に関するこのような考え方は、決して傍から見た無責任な議論というわけではない。むしろ、キリバス政府こそがこのように考えていることが、公式な文書で確認できる。