朝の出勤前にテレビを見ると、バラエティ的なニュース番組の中でも北朝鮮による在日米軍基地を狙ったミサイル攻撃のリスクが現実的な問題として取り上げられるようになっている。
昨年9月に筆者が米国に出張した際に、ある著名な外交専門家が、今後2年以内に韓国または日本が北朝鮮から直接ミサイル攻撃を受ける可能性は排除できないため、それを前提とした事前準備が必要である。これが来年以降の日米両国政府間の最重要課題の1つとなる可能性が高いと指摘した。
この点については、帰国直後に発表した出張報告(「米国大統領選挙の行方とTPP、北朝鮮リスク対応等への影響」キヤノングローバル戦略研究所HP掲載)で紹介した。
筆者自身、この話を初めて聞いた時には、正直半信半疑だったが、足元の状況はまさにこの通りになっている。
仮に北朝鮮が日本の領土に直接ミサイル攻撃を行った場合、米国政府関係者、および政府に近い専門家は、即時反撃以外に選択肢はないとの見解で一致していた。
それが日米同盟、日米安全保障条約の意味するところであるとの彼らの言葉には決然たる責任感が感じられ、直接その言葉を聞いた時には緊張感を伴う安堵の想いを味わった。
実際に日本国民が北朝鮮によるミサイル攻撃リスクを実感し始めたタイミングは前述の外交専門家の予想の範囲の中でもかなり早い時期に属する。時期が早まった主な要因はドナルド・トランプ政権の成立である。
昨年9月時点では、有識者の多くがヒラリー・クリントン氏の大統領就任を予想していた。クリントン政権が成立していれば、バラク・オバマ政権の外交方針との連続性も考慮し、これほど早いタイミングでシリアや北朝鮮に対する厳しい対応を選択していなかった可能性が高い。この点については、殆どの米国の有識者も昨年9月時点では予想できていなかった。
今後の日本としての対応策を考えるためには、北朝鮮リスクに関するいくつかのシナリオを整理しておく必要がある。
筆者は安全保障の専門家ではないため、専門的な見解は安全保障問題の専門家に委ねるしかない。しかし、現時点で考えつくいくつかの可能性について自分なりに整理しておくことが、今後専門家の洞察力に富む見解を学ぶ際にも参考になると考え、本稿をまとめることとした。この初歩的な概念整理が少しでも一部の読者のお役に立てれば嬉しく思う。
もし北朝鮮が日本国内の米軍基地を狙ってミサイル攻撃を実施した場合、日本は個別的自衛権の行使として、即座に米軍と共に北朝鮮に対する反撃を開始すると考えられる。
中途半端な反撃は北朝鮮による2次的な攻撃による日本国内の被害を大きくすることから、初回の反撃で北朝鮮の攻撃能力を壊滅させることが重要である。
仮に北朝鮮からのミサイルによる先制攻撃に対して、日米両国、そして韓国が加わり、3国だけで反撃する場合、戦後処理は日米韓3国の主導で進められる。
それは中国として受け入れがたい。なぜなら、北朝鮮という緩衝地帯がなくなった状態で、米軍が朝鮮半島に駐留することを排除できなくなり、中国は喉元に米国の軍事的脅威を突きつけられることになるためである。
中国としてそうした事態を避けるためには、中国が日米韓3国とともに攻撃に加わり、北朝鮮制圧のために協力し、重要な役割を担うしかない。
ただ、その場合でも日米両国が相対的に重要な役割を担うことになる可能性が高く、戦後処理による朝鮮半島統治のあり方を考慮すれば、中国としてはこのシナリオを回避したいと考える可能性が高い。
常識的には北朝鮮が日米中韓4国を敵に回して戦争を始めることは考えにくく、そこから類推すれば、日本本土へのミサイル攻撃もあり得ないはずである。しかし、現在の北朝鮮の金正恩政権はトランプ政権との関係で何をするか分からないため、上記のようなシナリオを全く否定することはできないと考えられる。
もし米中両国が協力し、そこに韓国も加わって、日本本土へのミサイル攻撃を実施する前に北朝鮮を制圧し、朝鮮半島を安定的に統治する方向を模索する場合、日本の関与は大幅に低下する。
その場合、中国が最も重要な役割を担えば、朝鮮半島の戦後処理は中国主導で進められる可能性が高まる。米国としても泥沼の戦争に巻き込まれるリスクがなくなるため、この方式を歓迎するはずである。おそらく今月実施されたトランプ大統領-習近平主席会談においてこの点が話し合われたと推測される。
中国主導で北朝鮮リスクを制圧し、朝鮮半島の南北統一を韓国と共に実現し、韓国駐留米軍が撤退すれば、中国として最も安心できる形での戦後処理となる可能性が高い。
この場合は、日本も領土を攻撃されないで済むことから、日本にとっても望ましいシナリオである。
韓国も朝鮮半島の統一と非核化が実現し、日本が米国とともに朝鮮半島への影響力を強める懸念が小さくなるため、日本の介入を警戒する韓国にとっても望ましい選択肢の1つであると考えられる。このように日米中韓4国の利害は一致する。
そうであるとすれば、北朝鮮がミサイル攻撃を自制しないことが判明した場合には、このシナリオを実現することが関係4か国の共通目標の1つになり得る。
ただし、この選択肢を選ぶ中国指導層の政治的決断は非常に難しいと考えられる。
日本としては朝鮮半島の政治経済情勢が安定し、非核化が実現しさえすれば、半島の統治に強く介入する権限を持つ必要はない。
朝鮮半島情勢が安定を回復し、半島全体の経済・社会の復興を目指す場合、日中韓3国が経済発展促進の面で緊密に協力することが重要である。米国も何らかのコミットをして、朝鮮半島の安定化に貢献すると考えられる。
その場合、日本が果たす役割は非常に大きい。北朝鮮地域に対する直接的支援ももちろんだが、それを中心的に推進する役割を担う韓国および中国自身の経済基盤の安定保持が極めて重要である。
特に両国政府が雇用と税収を確保できる産業基盤整備のためには、優良な日本企業の直接投資拡大による中韓両国の産業競争力の強化が極めて重要である。
憲法の制約上、安全保障面での日本の役割は限定的とならざるを得ないが、経済協力面は何の制約もなく積極的な役割を担うことが可能である。長期的にはそれが地域経済・社会の安定持続のために非常に重要な役割となる。
以上は北朝鮮リスクのシナリオに関する部分的かつ初歩的な概念整理に過ぎず、このほかにも様々なシナリオや洞察があり得る。
重要なことは、仮に北朝鮮リスクを排除するために米国、あるいは中国の側から積極的な行動を起こす場合には、以上のような戦後処理の展望を関係国で共有したうえで、具体的な対応策を実行に移すことが必要であるという点である。
もし日本国民が北朝鮮リスクを現実のものとして受け止め始めるのであれば、戦後処理を展望して東アジア地域の将来像について、具体的なグランドデザインを描く努力も開始すべきである。
その過程では、かつて日本国民が米国において民族差別を経験した苦しみを教訓とし、日本国民自身が他民族を差別し危害を加えた経験に対する反省も深く心に刻み、そうした過去の過ちを二度と繰り返さない覚悟を全国民が共有することも併せて肝に銘ずるべきである。
中東やアフリカなど世界の紛争地域において、欧米諸国が徹底した武力介入により一時的に平和を回復しても、長期的に経済社会の安定が実現しない大きな原因は、権力の空白が生まれることを防ぐことができないためである。
武力による平和回復は短期的には有効であるが、権力の空白を生む場合には当該地域の安定回復は極めて難しい。長期的な地域の安定のためには、生活インフラ・産業基盤の整備と国家ガバナンスの回復といった内生的発展基盤の形成が不可欠である。
そうした観点に立てば、北朝鮮に対しても武力介入を回避、あるいは最小限に留め、長期的に経済社会の健全な発展を促進する政策を実施することが望ましいことは言うまでもない。
アジアでは現在、ミャンマーやカンボジアが徐々に安定を回復しつつあるが、その原因は外部からの武力制圧に頼らず、長期的に内生的発展基盤の形成が行われたことが大きいと考えられる。
今回の北朝鮮問題も権力の空白を生むような方法を避け、アジア型の紛争解決手段の成功例となることを期待したい。