コラム  エネルギー・環境  2017.04.12

イノベーションと温暖化目標

 COP21でのいわゆる「パリ協定」の合意を受け、日本政府は、「地球温暖化対策計画」を閣議決定した(2016年5月13日)。そこでは、「長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指す」とされている。この目標を実現するための長期戦略として、経済産業省と環境省は、それぞれ専門家チームを設置して議論を行い、素案を発表している。注目すべきは、「長期低炭素ビジョン」と題した環境省案と「長期地球温暖化対策プラットフォーム」と題した経産省案が、実現アプローチが異なるものの、ともにイノベーションが目標実現のカギであると強調している点である。以下では、実現のカギとなるイノベーションの促進について温暖化対策の文脈から過去を振り返りつつ基本的な視点を提示してみたい。

 イノベーションは、研究・開発(インベンション)、実証・実用化(デモンストレーション)、さらに商業化・普及(ディフュージョン)などの各段階を含むものとされる。これらの段階に対応した政府の政策として、前期におけるTechnology-Push政策と後期におけるMarket-Pull政策がともに重要であるとされる。特に、地球温暖化ガスの大幅削減を目指すためのイノベーションでは、エネルギーインフラに関わるものが多いことから、前段階を通じて、必要となる投資規模が大きくなるとの特徴を有する。また、他の社会インフラ事業と同様、投資回収期間も長期にわたることにも配慮すべきである。そのため、具体的な技術の研究・開発や実証段階で公的資金の投入が重要となるが、何より一貫した戦略に基づく長期的安定な政策により市場を育成することが重要となる。

 エネルギー分野におけるこれまでのイノベーションの歴史を省みると、市場や価格指標が如何に重要な役割を果たしてきたかが分かる。エネルギー効率向上の歴史(図1)を振り返ってみよう。1970年代に起きた二度のオイルショックの影響で、石油に代わるいわゆる「石油代替エネルギー」の研究開発と同時に、省エネルギーの分野では多くのイノベーションが見られた。これらのイノベーションにより、1990年代はじめまで、ほとんどの先進諸国は3割から4割のエネルギー効率向上を実現することができた。しかし、1990年代に原油価格が1バレル10-20ドル台に低下していて、各国とも省エネのペースが落ち、日本は2010年までにほぼ横ばい状態に陥って、2011年の東日本大震災後に再び効率が向上した。アメリカでは、効率向上は停滞していなかったものの、1990年以降明らかに改善速度が落ちている。特にシェール革命による安価な天然ガスが供給できた近年、米国ではエネルギー効率改善はさらに鈍化している。

 このような市場の変化に対応してイノベーションを継続して促進するためには、長期戦略に基づく一貫した政策が必要である。EUの温暖化抑制のためのエネルギー政策はその好例である。図2に示されているように、1990年以降、国内のGDP当たりエネルギー起源CO2排出量は、ドイツやイギリスではほぼ半減している。このCO2排出原単位の低下は、温暖化抑制に向けた高い温室効果ガス削減目標に基づいて、石炭から天然ガスへの燃料シフトや、再生可能エネルギーの大規模導入などのエネルギー政策によりもたらされたものである。そのプロセスにおいて、太陽光や風力、さらに海洋エネルギーなどの再生可能エネルギー分野の各段階におけるイノベーションは活発に行われ、新産業の創出にもつながっている。

 イノベーションの促進に関し、日本の例を見てみよう。第一次オイルショック後1970年代に始まったサンシャイン計画やムーンライト計画などの素晴らしいTechnology-Push政策の実施により、「石油代替エネルギー」や省エネルギー分野において多くの技術開発成果がもたらされた。しかし、その後の一貫したMarket-Pull政策が必ずしも十分でなかったことが、日本の再生可能エネルギー産業が現在国際マーケットにおいて十分な役割果たしていない一因ともなっていると思われる。

 地球温暖化対策の長期戦略では、このようなことを踏まえてイノベーションを持続的に活性化・促進するような政策が求められているのである。



図1 購買力平価GDP当たりのエネルギー消費量の推移

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(IEAデータにより作成)


図2 購買力平価GDP当たりのエネルギー起源CO2排出量の推移

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(IEAデータにより作成)