メディア掲載  外交・安全保障  2017.04.05

逆キッシンジャー戦略-揺れる対露・対中政策-

読売新聞2017年3月27日に掲載

 米トランプ政権の外交政策の全貌は依然として判然としない。トランプ大統領の国際政治観には米国の利益を最重要視する「米国第一主義」、国防力の再建を通じた「力による平和」、イスラム過激主義の打倒に向けた積極性と、対外介入の不毛さを説く消極性が混在している。

 日米・米英・米独首脳会談、マティス国防長官、ティラーソン国務長官の外遊を通じて、日米同盟や北大西洋条約機構(NATO)を重視する姿勢が確認されたことは、日本や欧州諸国の大きな安心材料となった。それにもかかわらず、トランプ外交に不透明さが付きまとうのは、ロシアと中国の位置づけが定まらず短期間に振れているからだ。

 トランプ政権発足当初は、米外交がロシアとの協調に大きく舵をきる臆測が流れた。米露両国がシリア内戦への対応やエネルギー政策で協調領域を広げ、イスラム過激主義打倒への共同戦線を敷くとされた。他方で、中国に対して経済面では米中貿易不均衡、安全保障面では南シナ海問題に厳しい認識を示したほか、台湾の蔡英文総統との電話を通じて「一つの中国」原則を揺さぶった。

 

 こうした対露接近・対中強硬化という図式は、1970年代初頭にニクソン政権が米中接近を通じて対ソ連政策の基盤を固めた外交の裏返しのようにも映る。ロシアを引き入れることにより中露の連携を切り崩し、対中戦略の橋頭堡(きょうとうほ)を作るという発想である。ニクソン大統領の補佐官を務めたキッシンジャー氏に肖り、「逆キッシンジャー戦略」とも形容された。

 しかし対露政策の要とみられていたフリン補佐官の辞任を契機として、米露協調の機運は急速に萎んでいった。筆者が3月中旬にモスクワに出張した際も、ロシア政府関係者や有識者の間で米国への当初の期待値が大きく減退したことを確認できた。その一方で、トランプ大統領は習近平主席との電話会談のなかで「一つの中国」原則をあっさりと認めてしまった。ティラーソン国務長官の先の訪中では南シナ海への姿勢を軟化させたようにも見える。

 我々の臆測もまたブレやすい。今度は米中が同盟国を頭越しに「グランドバーゲン(壮大な取引)」をすることで、米中主導の秩序が形成されるのではないか。中国が先んじて中国版「プラザ合意」のような形態で人民元を切り上げ、輸出自主規制によって為替問題と貿易不均衡の同時解消を提案すれば、トランプ政権は取引に応じるのではないか。その代償は中国の唱える「核心的利益」を米国が大幅に妥協して受け入れることになるのではないか。国際システムに対する明確な理念が見出せないからこそ、米国の対露・対中政策の大きな振幅を想定せざるを得ない。