コラム  国際交流  2017.03.03

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第95号(2017年3月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 2月9日、小誌前号で触れたシンガポールの未来経済委員会(Committee on the Future Economy (CFE))が、報告書("Pioneer of the Next Generation")を発表した。1月に現地で会食・面談したシンガポールの友人達は「ジュン、中国の対外姿勢に世界が不安を感じ始めた今、豊かな平和国家日本の存在が非常に大切だ」とのメールを送ってきた。

確かにシンガポールが「日本よ、しっかりしてね!」と言いたくなるのも無理もない。即ち、

①21世紀に入ってからの日本経済は、実質GDPで僅か1割程度の拡大に止まり、人口動態の影響を勘案したとしても、中国(4倍弱の拡大)やシンガポール(2倍強の拡大)に比して、相対的な日本の"停滞"は明白である。

②その主因はglobalizationに呼応した経済構造転換の難しさに在ると筆者は考える。日本企業による製造現場の国際的な再配置は見事だ。だが、自動車・素材部品部門の健闘を除くと、企業は多くの市場で苦戦を強いられている。この状況に陥ったのは、多くの財・サービスが情報通信技術(ICT)の進歩でグローバルに"つながること(connectedness)"が重要となり、新しい製品・サービスの開発過程で、製品の単独での技術的優位性を日本企業が十分活かしきれないでいるからだ。

③またa connected worldに適応するために必要な人材を見ると、OECDの「学習到達度調査(Programme for International Student Assessment (PISA))」や英語力を評価する試験(TOEFL)で、日本はシンガポールに大きく水をあけられているのだ。高等研究機関の評価指標として参考にされるThe Times Higher Education (THE)のWorld University Rankingを見ても、2011年時点では東京大学が世界第26位でシンガポール国立大学(NUS)が第34位であったが、近年は逆転されている。

 規模こそ違うものの、少子高齢化に直面する国内市場のみに依存した形では発展を期待出来ない点で、シンガポールと日本が抱える課題は共通するものが多い。従って、①国際的ネットワークの深化と多様化、②人材による高度技能の習得と活用等、7つの提言を解説する冒頭に触れた報告書は、日本にとっても一読の価値があると考えている(次の2参照)。


 先駆的ロボット関連企業(Boston Dynamics)が提供する最新情報を通じ、日進月歩の軍民両用技術(dual-use technology)を窺(うかが)い知ることが出来る。カーター前国防長官が、技術進歩を一段と加速化するために創設した組織(Defense Innovation Unit-eXperimental (DIUx))が、「新政権下で如何なる変容を遂げるか?」と、米欧の友人達と情報交換を行っている。小誌(昨年4月・9月号)で簡単に触れたDIUxに関してMIT Technology Review誌が、組織文化を巡って興味深い記事を掲載した("The Pentagon's Innovation Experiment," Dec. 2016)。即ち、Silicon Valley等の民間とDARPA等の政府とでは組織文化が異なることが原因でDIUxは一時期、危機に陥っていた。

カーター長官(当時)は、次の対策を講じて危機を乗り切ったらしい。即ち①会議の際はその直後に必ず意思決定を行う、②多様・複雑な組織をまとめる指導集団の編成、③国防長官との関係を"直結"する、④研究に関する"失敗"を許容する、以上4つの対策だ。確かに最近の研究の知見に依ると、innovationを志向する組織では、リーダーの資質が極めて重要になるとのこと(国内文献では、例えば、「普遍的-多様的」リーダーの調整効果に関する Suzuki and Takemura, "The Effect of Diversity in Innovation: The Moderating Role of Universal-Diverse Leaders," RIETI Discussion Paper 16-E-086, 2016を参照)。


 2月22日、ドイツのシンクタンク(Ifo Institute)から最新の景気動向調査(CESifo World Economic Survey)が届いた--この調査に筆者が返事を出したのは、米国大統領の就任式前であり、英国首相の"Brexit speech"の前でもあったのだが...。政治的不確実性を不安視する筆者は、英国の友人へ次のようなメールを送った--英国は1931年、the May Reportを公表した後に金本位制から離脱したが、今度はMs. May's Speechの後にEUから離脱するんだね、と。これに対する友人からの返事は皮肉たっぷりで、その一部分--首相はOxfordのSt Hugh's Collegeでgeographyを学んだらしいが、同窓のアウン・サン・スー・チー女史とは異なり、geopoliticsを学ばなかったかも?--を読んで思わず噴き出した次第だ。



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