メディア掲載  外交・安全保障  2017.02.02

地政学と地経学-秩序の真空埋める「経済の地理」-

読売新聞2017年1月30日に掲載

 政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社ユーラシアグループは、年頭恒例の「2017世界十大リスク」を発表し、今年のキーワードを「地政学の後退」と特徴づけた。トランプ米大統領の掲げる「アメリカファースト」(米国第一主義)が、世界秩序の要であった安全保障、自由貿易、自由な社会の実現といった理念からの離脱を意味するとすれば、地政学を支えるリーダシップが不在になる(Gゼロ)と警鐘を鳴らしたのである。

 しかし、近年の中国の軍事的台頭やロシアの相次ぐ対外介入は、むしろ「地政学の逆襲」(ロバート・カプラン)を招いたのではなかったか、と訝る読者も多かっただろう。見方を変えれば、この逆襲も「安全保障の地理」が縮小したことと大いに関係している。

 約10年前のアジアと欧州の安全保障政策は、グローバルな課題に協調する姿勢が顕著だった。日米同盟は「世界における共通の戦略目標」を掲げ、国際社会における基本的人権、民主主義、法の支配といった基本的価値を推進し、テロ対策や大量破壊兵器不拡散の重要性を謳った。北大西洋条約機構(NATO)も地球規模の危機管理や、紛争後の平和構築、域外国とのグローバルパートナーシップを強化する姿勢を打ち出していた。

 ところが現在のアジアは、中国の軍事的台頭と海洋進出、北朝鮮の核・ミサイル開発の進展により、その安全保障環境が厳しさを増している。欧州ではロシアが東欧や中東への「ハイブリッドな介入」を展開し、シリア内戦の泥沼化による大量の難民の流入や、これに付随する都市型テロの脅威に直面している。アジアと欧州の「安全保障の地理」はリスクの濃度を高めながら縮小したのである。

 こうした「地政学の後退」が生み出しているのは、主としてユーラシア大陸における秩序の真空である。その真空を埋めるように「経済の地理」が戦略性を強めながら拡大する現象が顕著となっている。米外交評議会のロバート・ブラックウィルは、この現象を「地経学」(=経済的手段を用いた地政学的目標の追求)の拡大と表現している。

 実際に中国は「一帯一路」構想を掲げ、「シルクロード経済ベルト」と「21世紀の海上シルクロード」によって東南アジア・中央アジア・南アジア・西アジア・アフリカ大陸を結合する大構想を展開している。ロシアもユーラシア経済連合(EEU)によりロシア・中央アジア・コーカサスの経済的連携を強化している。欧州諸国も中国への経済的接近を通じて、ユーラシア大陸に出現する地経学に参入している。

 日本にも「地経学の拡大」に対するより高次元での戦略の設定が求められている。