メディア掲載  国際交流  2016.12.26

平和と経済成長を同時に持続させる意外な方法-真珠湾訪問の次に安倍総理に期待したい、国際情報収集機関の設立-

JBpressに掲載(2016年12月20日付)

 安倍晋三総理は12月26、27日にハワイでオバマ大統領と会談する。その際に真珠湾を訪問する予定である。安倍総理はバラク・オバマ大統領との緊密な信頼関係を土台に、多くの歴史的事業を成し遂げ、極めて良好な日米関係を構築した。

 日本の首相として初めての上下両院合同会議でのスピーチ実現、日米防衛協力枠組みの見直し、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への協力、オバマ大統領の仲介による日韓関係の改善などが主なものだ。

 中でも多くの日本人にとって最も印象的だったのはオバマ大統領の広島訪問の実現であろう。

 それに対する返礼の意味も込めて、オバマ大統領の任期の最後に真珠湾を訪問し、ともに世界平和を祈念するというのは2人の首脳にとってふさわしい締めくくりであり、両国国民の記憶に長く残る歴史の1ページとなるであろう。



歴史に学ぶ情報収集能力の重要性

 現在の日米関係は日本が米国と戦争したことが信じられないほど良好かつ緊密であり、外交・安保に加え、経済、文化、スポーツなど様々な領域において国民各層の間で太い絆が結ばれている。

 その米国との間で1941年に太平洋戦争を始めた大きな要因となったのは1937年以降の日中戦争である。

 当時、日本国内には日中戦争拡大論と不拡大論の間で意見対立が存在していた。最終的に拡大論を抑えることができず、日中戦争が始まった。

 その論争において、拡大論を支持する人々の間には中国のナショナリズムの強さ、中国共産党の革命戦略、中国の経済社会構造などに関する認識不足があったと言われている。

 日本はそうした誤った認識に基づいて不用意な戦略を展開したため、日中戦争が泥沼化し、そこに様々な要因が加わって、米国との戦争を始め、そして無条件降伏を受け入れるという結果に陥ったのである。

 こうした結果を招いた要因は国内の政治・経済・社会・軍組織内部などの事情を含めて様々であるが、事態を深刻化させた主な要因の1つは日本の国際情勢に対する情報収集・分析能力の低さである。

 きちんとした情報収集活動も行わず、自分にとって都合のいいシナリオが実現するとの安易な予測に基づいて、ワーストケースのシナリオに対する準備もなく軍事行動を展開した。

 このため、その一線を越えると最悪の事態に向かうリスクがあることを十分認識せず、相手の挑発に乗って不用意な強硬策を繰り返し、泥沼の深みへとはまっていった。これは日中戦争のみならず、米国との太平洋戦争でも同様の傾向が見られたのは広く知られている。



国際情勢に関する情報収集専門機関の設立を

 安倍総理が真珠湾を訪問し、平和を祈念する行為は大変素晴らしいことである。願わくは、そこからさらに次の一歩を踏み出し、過去の歴史の教訓を踏まえ、長期的に平和を保持するための強固な土台を構築することを期待したい。

 過去の日本の国家戦略の失敗の主な原因の1つが情報収集能力の不足による情勢判断の誤りにあったことへの反省を踏まえ、国際情勢を正確に把握するための情報収集専門機関を設立することを提案したい。

 そうした機関を設立し、各国の政治・外交、安全保障の動きを把握することはもちろんであるが、それだけでは不十分である。

 日本がかつて日中戦争の拡大を招いた情勢判断の誤りは、中国のナショナリズムの強さ、中国共産党の革命戦略、中国の経済社会構造などに関する認識不足に起因していたと指摘されている。

 そうした過去の失敗の反省の上に立ち、主要国の経済社会情勢も含めて、各国事情をきちんと把握することが、長期的な平和保持にとって極めて重要な条件である。

 その情報を冷静かつ客観的に分析し、自国にとって都合の悪いシナリオも十分に視野に入れ、様々なケースに対応する政策を準備する中で、想定外の事態に対する臨機応変の対応力も培われていく。

 きちんとした組織が存在すれば、以上のような情報収集、情報分析および政策対応に必要な人材も継続的に育成されていくことが期待される。

 情報収集の目的は安全保障上の平和保持の必要性だけではない。核兵器を保有せず、他国を攻撃する武力を持たない日本にとって、国力を維持するうえで極めて重要なのは国際競争力のある経済力の保持であり、そのためには各国経済情勢の把握は特に重要である。

 昨年(2015年)3月、中国がアジアインフラ投資銀行(以下、AIIB)の設立を準備していた状況下、欧州、アジア大洋州の主要国が同行への加入締め切り(3月末)直前のタイミングで雪崩を打ったように一斉に同行への加入を発表した。

 各国では財務省と外務省の見解の不一致など政府内部に賛成論と反対論が存在していたが、最終的にはほとんどの国が加入に踏み切った。

 その判断の事情は各国とも異なっていたと言われる。その政策決定過程において各国がどのような判断に基づいて、どのような経緯で加入に踏み切ったのか。昨年3月の時点では日本政府においてそれらに関する十分な情報が共有されておらず、各国の内部事情までは正確に把握できていなかったと見られている。

 仮に日本政府が各国事情を正確に把握していたとしても、AIIB不参加という判断は変わらなかったかもしれない。

 しかし、同じ不参加を決定する場合でも、十分な情報を把握したうえで決定するのと、不十分な情報で判断するのとでは意味が異なるのではないだろうか。また、事後的な対応に違いが生じた可能性もある。



中国経済の日本経済への影響拡大とそれに対する認識不足

 IMF(国際通貨基金)世界経済見通し(2016年10月)の推計によれば、今年の中国のGDP(国内総生産)の規模は日本の2.4倍に達し、2020年には3倍になる見通しである。

 今年の中国国内市場における日産自動車、ホンダ、トヨタ自動車3社の販売台数合計は400万台弱に達し、昨年の3社合計の日本国内の販売台数(277万台)を100万台以上上回る見込みである。

 自動車以外でも、ロボット、IT関係、電機・電子、生活用品、住宅関連、医療・介護関連など中国国内市場での日本企業の高付加価値の製品・サービスに対する需要は旺盛であり、今後も伸び続ける見通しだ。

 この間、インバウンドの旅行客は昨年499万人、今年は630万~640万人に達する勢いである。東京の一流デパートでの異常な爆買いは衰えたが、日本の全国各地の物品購入・観光・飲食・各種サービス等の需要拡大には依然大きく貢献している。

 このように日中両国経済の緊密化はますます強まっており、好むと好まざるとにかかわらず、経済の一体化が進む傾向は止めることができない。

 中国経済が日本経済にこれほど大きな影響を及ぼしているにもかかわらず、中国国内の経済社会情勢の実情をある程度正確に理解している人は、日本政府内にも日本企業内にも多くない。

 中国の中央政府および各地方政府がどのような課題に直面し、それに対してどのような政策を実施し、それがどのような効果を発揮し、有識者や庶民がその結果をどのように評価し、そうした情勢について政府がどう判断しているか。

 言い換えれば、財政、金融、税制、産業政策、環境、社会保障、医療、教育、民生など重要政策に関して、中国の中央・地方政府がどのようにPDCA(Plan,Do,Check,Action)を回しているか。そうした質問に対する十分な答えを持っている組織、あるいは個人は極めて少ないのが実情である。

 日本の経済人の中国に対する理解は二極分化しているが、中国経済をよく理解している経営者の多くは日中協調発展の方向でのビジネス展開を進めている。

 技術力や産業競争力で中国に比べて日本が圧倒的に優位に立っているというのは認識が甘いと言わざるを得ない。

 確かに10年前までは技術力の格差は歴然としていた。しかし今や、携帯電話、自動車、ロケット、IT、AI、フィンテックなど急速に日本のレベルに接近しつつある分野は多い。それらの一部は日本と肩を並べ、一部は日本より先に進んでいる。多くの経済人はこの点に関する認識が不十分である。

 2012年9月に尖閣問題が生じた。その後も中国経済の急速な構造変化は続き、数年前の認識はすでに時代遅れとなっている。

 この間、多くの日本企業の経営者は以前に比べて中国に出張する回数が大幅に減少した。こうした事情から中国経済の最新事情を理解する人が少なくなったのである。

 日本企業でも世界で勝負できる技術力があれば中国国内市場でも大きなチャンスをつかむことができる。しかし、欧米企業、韓国の一流企業などに比べて若干見劣りするレベルであれば、中国国内の激烈な競争市場で生き残ることは極めて難しくなった。

 中国国内市場のニーズに合致する製品を供給するために必死に努力し、世界最先端の技術・サービスレベルを保持し続ける企業だけが中国で成功する。



現場での情報収集とトップダウンの判断が重要

 中国でのビジネスを展開するうえで、以上のような最新情勢に関する的確な認識を持っているかどうかは致命的に重要である。悲観的なバイアスがかかっていることが多い日本のメディア情報だけでは自社にとって必要な情報を入手することはできない。

 中国ビジネスで成功している企業は、社長自らがしばしば中国に足を運び、自分の目で見て、自分の頭で考え、迅速に判断を下し実行に移す企業ばかりである。

 中国は生半可な姿勢で戦える市場ではない。市場規模が巨大なため、必要な資本規模、人材の質が並はずれている。

 そのうえ、市場の構造変化が極めて早いため、役員レベル以下のボトムアップの意思決定の仕組みに委ねていると大きなビジネスチャンスを逃す可能性が高い。社長自らの迅速かつ的確なトップダウンの判断力・決断力が問われる市場である。

 これは企業経営でも政策運営でも共通した中国の特徴である。中国の構造変化は速く、変化が大きく、日本へのインパクトも並外れている。このため、それを十分理解するためにはトップリーダー自身がしばしば現場に足を運ぶことが大切である。

 そうした努力を補完するのが日頃からの地道な情報収集である。大きな変化が始まってから慌てて情報収集を始めるのでは、正確に理解し、迅速かつ的確な判断を下すことはできない。

 中国のみならず主要国などに関して日頃から情報収集の努力を怠らず、日本として的確な判断を迅速に下していくことが求められる。それが日本にとって国際競争力保持のために不可欠な前提条件であり、長期的な平和保持のために有効な方法である。

 外交面で歴史的な大事業を次々に成し遂げてきている安倍政権だからこそ、情報収集専門機関の早期設立に期待したい。