メディア掲載 国際交流 2016.12.05
世界各地で発生する地震等の災害、また排他的なポピュリズムやテロリズムに突然襲われる世界を目にして、予見・防止の難しさを痛感している。様々な領域で不確実性が高まるなか、安らぎを与えてくれるのは、やはり人と人との間に存在する信頼と思いやりだ。
こうした理由から大統領選後ただちに渡米し、次期大統領のトランプ氏と面談した安倍首相の行動に、一国民として感銘を受けた。今後は、回数を重ねるたびに首脳間で信頼と相互理解が深まることを願っているのは筆者だけではあるまい。
国政レベルでなくとも、インフォーマルな対話を重ね、グローバルな形で信頼関係を築くことが重要だ。米国では先週、感謝祭を祝ったが、筆者の在米中は友人宅に毎年招かれて七面鳥を頂いた。広い友人達の邸宅には、40人程の人々が集まり、米国出身の友人達が、移住直後の先祖の苦労話等を紹介しつつ、我々を温かく迎えてくれたことを懐かしく思い出している。そして今週、筆者は弊キヤノングローバル戦略研究所に滞在中の中国専門家アンソニー・セイチ教授や、米国で感謝祭を共に楽しんだ友人達を拙宅に招き、ささやかなパーティーを開く予定だ。こうしたグローバルでインフォーマルな対話の場を通じて得られる情報は極めて有益だ。安倍=トランプ会談が非公開であったように、親しい間柄での少人数での対話が重要であることを強調し過ぎることはない。
この点に関して、29年前の87年12月にソ連のゴルバチョフ共産党書記長が、中距離核戦力(INF)全廃条約のため、ワシントンを訪れた時の話は印象的である。調印後に、ホワイトハウスでレーガン大統領に挨拶し、帰国のためにアンドルーズ空軍基地に向かう書記長が乗るリムジンには、見送り役のブッシュ副大統領が同乗していた。副大統領は、リムジンの中で次のように語り始めた--翌88年の米大統領選で、共和党の候補指名をドール上院議員と激しく争うことが予想されている。自分が選挙に勝てば、米ソ関係の改善を考えている。だが、副大統領としてのこれまでの7年間、レーガン大統領の下で対ソ連強硬派として振舞わなければならなかった。もしも、今それを公言すれば、自分は"隠れリベラル派"との批判を受けて、選挙に勝てなくなる。従って選挙中のソ連に対する厳しい発言は、一切無視してもらいたい、と。ゴルバチョフ書記長は、この副大統領の要請に頷いたのだ。帰国後、副大統領が共和党保守派に迎合していると、側近から警告を受けるたびに、書記長はリムジンの中での話を思い出して、その警告を無視したのである。そして書記長は、リムジンの中での話を"ブッシュ氏と交わした最も重要な会話"として記憶し続けたのだ。
この話は米国のブルッキングス研究所所長で、今年の春に旭日大綬章を受章したタルボット氏による『最高首脳交渉―ドキュメント・冷戦終結の内幕』に記されている。
いかに技術が進歩したところで、人と人との間の信頼や友情の重要性は変らない。いや、技術の進歩が目覚ましい時代だからこそ、このような人間関係が重要なのだ。夏目漱石も「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まる事を許してくれた事がない。...どこまでつれて行かれるか...。実に恐ろしい」と語っている。
我々はAIを活用することは出来るが、AIからは信頼されず、また愛されもしない。このことを銘記しつつ、グローバルでインフォーマルな対話を続けてゆくつもりだ。