メディア掲載 外交・安全保障 2016.11.30
2016年は米大統領選挙でのトランプ候補の当選、イギリスのEU離脱(Brexit)という衝撃的な出来事によって記憶される年となった。米大統領選挙の結果は、民主党が優勢とされていた州で票を積み増せなかったこと、白人中間層の不満の鬱積が凝集力となってトランプ現象を後押ししたこと、そして激戦州であったラストベルト(さびついた工業地帯)の攻防を共和党が制したことが決め手となった。米国内で伸び悩む古い製造業を有する州がキャスチングボートを握ったことは象徴的だった。
イギリスでEU離脱に投票したのも、イングランド北東部・中部に暮らす市井の人々だった。EU拡大に伴い東欧などから押し寄せる移民と労働市場で競争が生じ、公的負担も増加したことに伴う英市民の不満がその背景にあった。
歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は、米国とイギリスに共通する社会現象として、エリートと中間層の乖離を指摘する。その乖離の中心にあるのは中間層のグローバル化への懐疑の高まりである。米国中間層の停滞感の矛先は自由貿易体制に、また移民増加による英市民の不満の矛先はEU統合に向かっていった。米国とイギリスで起きている現象はグローバル化を推進するエリートに対する中間層の反逆であり、民主主義は彼らに軍配をあげたというのである。
エコノミストのブランコ・ミラノビッチが示した「グローバル化の象のカーブ」は米国やイギリス社会にみられる中間層の不満や滞留をさらに裏打ちする。横軸を世界の人々の所得階層、縦軸を1998年から2008年の所得の伸び率とする折れ線グラフを使い、所得階層によってこの間の所得がどう伸びたかを比較すると、新興国の人々(象の背中)と上位1%の最も豊かな富裕層(象の鼻先)が所得を大幅に伸ばしている。それに比べ、先進国の中・低所得層の伸びは僅かにとどまっているとされる。実際、米国の実質賃金や家計所得の中央値は長期にわたり停滞が続いている。
先進国の中間層は思い描いていたライフスタイルを実現することがますます困難となり、米国社会では広く共有されていた成功志向や労働倫理が大きく揺らいでいる。かつて自律的な市民社会の担い手だった中間層が、いまやアイデンティティクライシス(自己喪失)に陥る恐怖に苛まれているのである。
トランプ大統領は、社会資本の整備・公共投資を大幅に増やし、自由貿易と移民流入を制限することによって伝統的な中間層を米社会に取り戻そうとしているように見える。しかし保護主義が米経済を停滞させることになれば、結果として中間層はさらなる試練に直面することになる。