メディア掲載 国際交流 2016.11.30
安倍晋三政権は2012年12月に発足して以来まもなく丸4年が過ぎようとしている。2013年には歴史認識問題を巡り米国との関係が悪化したが、その後修正を図り、2015年には安倍首相が日本の首相として初めて上下両院合同会議でスピーチを行った。
加えて、新たな日米防衛協力のための指針に基づく防衛協力の強化、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)成立への協力など安全保障と経済の両面で大きな成果を上げ、過去最高の状態と評価される日米関係を構築した。
昨年から今年にかけては米国の後押しもあって日韓関係が急速に改善したほか、日ロ関係も北方領土問題を巡り、大きな節目を迎えようとしている。
このように安倍政権は4年の間に、外交面で目覚ましい成果を次々と実現してきた。もし12月に日ロ関係の懸案解決のめどが立てば、次の外交上の重要課題は日中関係の改善であろう。
1990年代半ば以降、日中関係は常に懸案を抱えていた。特に2012年9月に尖閣問題が発生した後は、過去最悪の状態に陥った。日中関係の悪化は国民感情にも暗い影を落とし、日本人の大半が中国に対して反感を抱くようになってしまった。その背景には国民の反中・反日感情を煽るメディア報道の影響も大きい。
日本と中国が世界経済において果たすべき重要な役割を考えれば、いつまでもこんな関係を続けるべきではない。
IMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによれば、日中韓東アジア3国がリードするアジア地域全体のGDP(国内総生産)の規模は、2010年前後以降、北米、欧州それぞれの地域の経済規模を大きく上回り始め、世界経済を支える存在となっている。
そして、2020年には日中韓3国のGDPの合計が米国を上回ると推計されている。
今年は英国がEUから離脱し、来年は米国でドナルド・トランプ政権が誕生するなど全く予想外の出来事が続き、世界経済の不透明性が高まっている。そういう状況下であればこそ、日中韓3国の担うべき役割が一段と大きくなっていくと考えられる。
特に日中両国の責任は重く、世界経済が混沌の度合いを増すと予想される来年以降、両国関係を大きく改善し、経済関係の緊密化により日中新時代の幕開けを実現することができれば、世界経済にとって大きな支えとなることは明らかである。
日中韓3国間の関係強化のための具体策として、日韓両国が中国の新シルクロード(一帯一路)構想を支援することを提案したい。
その重要施策として、日本がアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加入する、あるいは正式加入しないまでも実質的に支援することが重要なカギとなる。
もしそれが実現すれば、中国側の東シナ海における日本に対する姿勢が大きく変化する可能性が高いと米中両国の著名な外交・安保の専門家が指摘している。
中国の専門家によれば、習近平政権は新シルクロード構想を対外政策の最重要施策と位置づけ、その具体化を高度に重視している。
しかし、足許の状況は、中央アジア地域でのテロのリスクの大きさから陸路のルート(一帯)は経済的にペイしないのが実情である。一方、海上ルート(一路)についても、現状では南シナ海および東シナ海問題が紛糾しているため、活用が難しい。
しかし、もし日韓両国が新シルクロード構想を支援することになれば、これを推進するために中国としても尖閣諸島周辺海域における行動を融和的な方向に変える可能性が高いというのが米中の専門家の見方である。
ちょうどフィリピンとの関係においても、10月のロドリゴ・ドゥテルテ大統領の訪中を機に、中比両国の関係が改善し、南シナ海において、フィリピン漁船に対する中国公船による妨害がなくなったと報じられている。
それと並行してマレーシア、ベトナムも中国との関係改善に動いており、南シナ海問題は関係国の二国間交渉をベースに徐々に緩和方向に向かっている。
もし日韓両国が新シルクロード構想への支援を表明すれば、習近平政権はこれを大いに歓迎し、海のシルクロードを開通させるために東シナ海の緊張状態を改善する方向に動く可能性が高いと見られている。
新シルクロード構想支援の具体策として、AIIBへの加入または協力のほかに、中国政府にとって頭痛の種なっている東北地域経済(遼寧省、吉林省、黒竜江省の3省)の長期停滞問題の改善に日中両国で取り組むことを併せて提案したい。
最近の中国経済全体を見回すと、東部沿海部、中部、西部各地域はそれぞれ主要都市がリードし、消費も投資も安定を保持している。
それに対して、東北地域は産業構造が過剰設備問題に苦しむ重工業に偏り、非効率な国有企業が多く経済状態は劣悪である。中国政府はこの地域の経済構造問題に対してこれまで様々な対策を講じてきているが、いずれも有効な施策となっておらず、依然として深刻な経済停滞が続いている。
この地域の深刻な経済構造問題を解決できれば、中国経済全体のバランスが改善し、習近平政権に対する信認を一段と高めることが可能となる。
そこで日中両国の協力で東北地域をアジア太平洋地域の健康モデル基地に変革することを大きな目標として掲げ、同地域の経済活性化を実現することを目指し、以下の3つの施策を提案する。
(1)東北地域製造のハイブリッド車を環境保護車に指定する
第1の提案は、東北地域製造のハイブリッド車を環境保護車に指定することである。
北京市長は2014年1月に、北京市の深刻な大気汚染問題に言及し、2017年までに解決できない場合には、自らの首を差し出す(「提頭来見」=職を賭して問題に取り組むという意味)と発言し話題になった。まもなく2017年を迎えるが、北京市の大気汚染は依然として深刻な状況にあり、北京市長は在職のままである。
北京市民のみならず、中国の一般庶民は環境問題に対する政府の生ぬるい姿勢に強い不満を抱いている。特に幼児を抱える親は、子供を外に連れ出したくても大気汚染の悪影響が心配で遊びに連れて行くこともできず、強い憤りを募らせている。
こうした状況下、中国政府は都市部における環境対策として電気自動車の普及を目指している。これは環境改善に有効ではあるが、順調に普及したとしてもその比率は当面20%程度にとどまると見られている。残りの80%は引き続きガソリン車であるため、主要都市の大気汚染改善には不十分である。
そこで、現在は環境保護車の指定対象となっていないハイブリッド車を環境保護車に指定すれば、ガソリン車の排ガスを大幅に削減することができる。ハイブリッド車の環境改善効果は日本の東京や大阪のきれいな空気を見れば一目瞭然である。
しかし、ハイブリッド車の製造技術は極めて高度であり、現時点でこれを生産できるのは日本メーカーだけであるため、これを環境保護車に指定して優遇措置を実施すれば日本企業だけを有利にすることになる。
環境改善に有効であることは明らかであるが、欧米先進国でも自国産業保護のためにハイブリッド車を環境保護車に指定する措置は取られていない。しかし、中国の環境問題はそんなことを言っている余裕がないほど深刻な状況に追い込まれている。
そこで、日中両国の環境協力プロジェクトとして、中国の東北地域で生産することを前提にハイブリッド車を環境保護車に指定することにすれば、環境問題と東北経済問題の両方を同時に改善に向かわせることが可能となる。
昨年の中国国内市場での自動車販売台数は約2500万台に達しており、仮にその4%がハイブリッド車になれば、100万台である。東北地域で毎年100万台の自動車が生産されるようになれば、日本の自動車関連の部品メーカー、素材メーカーなども東北地域に進出し、数十万人の新規雇用を生み出す。
東北地域出身の優秀な人材は地元の東北地域に良い就職先がないため、大学を卒業すると東北を出て全国各地で働いているケースが多い。
しかし、地元の東北地域において優良な日本企業で働けるのであれば、北京や上海に比べて多少給与水準が低くても、多くの東北出身者が地元に戻ってくるとの見方はほとんどの有識者の共通認識である。
最近ある邦銀が東北地域で新たな支店を開設し、人材を募集したところ、全国各地で働く東北地域出身者から非常に多くの応募があったと聞いた。この事実から見ても優秀な人材は集めやすいと考えられる。
加えて、東北地域は大気汚染が最も深刻な華北地域に近く、北京、天津といった大消費地への輸送にも比較的便利であるという地理的メリットもある。
(2)長春市を核とする食品安全プロジェクトの推進
第2の提案は、長春市を核とする食品安全プロジェクトの推進である。
大気汚染に加えて、中国の一般庶民の悩みは食品安全問題である。中国では農産物や加工食品の安全確保が不十分であり、多くの中国人が日々不安を抱いている。この問題に関しても、やはり子供を持つ家庭の悩みが特に深い。
今年、国連と中国政府の共同プロジェクトとして、中国全土で一般庶民が安心して食品を食べられるようにする食品安全プロジェクトが始まった。土壌汚染の心配が少ない東北地域の吉林省長春市が中核拠点に指定された。
その基本的なコンセプトは、農業生産、食品加工、物流、販売の全行程を標準化し、食品安全基準を満たす業者のみに参画させ、その全過程を可視化するというものである。
国連としてはこのプロジェクトが中国で成功すれば、その手法を生かして、全世界の発展途上国の食品安全問題の改善に活用したいと考えている。
実はその中核を日本企業が担うことが期待されている。
中国にはすでに食品安全を実現する技術はほぼ揃っている。しかし、中国企業は技術があっても、それをきちんと用いていないという不信感を持たれている。
そこで日本の一流企業が中国企業と提携することによって、日本のブランド力で中国の一般庶民に安心してもらえるシステムを構築しようとしている。すでに十数社の日本の一流企業が関心を示しており、来年以降その動きが本格化する見通しである。
分野としては、土地改良、水質改善、肥料、農業生産、植物工場、食品加工、物流、倉庫、包装・パッケージ、食品販売、飲料販売、飲食サービスと極めて多岐にわたる広範な分野での日中協力の実現を目指している。
このプロジェクトが軌道に乗れば、東北地域が中国、ひいてはアジア太平洋地域、そして全世界の健康モデル基地となり、その関連の日本企業が東北地域での投資を拡大することが期待されている。
このプロジェクトを日中両国政府が強力に推進し、日本企業と中国企業の円滑な協力関係の構築を後押しをすれば、多くの日本企業が安心してこのプロジェクトに参画し、大きな成果を上げることが可能となる。
(3)東北地域の環境基準を日本並みに引き上げる
第3の提案は、東北地域の工場排煙・排水、自動車排気ガス、生活排水などに関する環境基準を日本と同等レベルに引き上げることである。
上記の食品安全プロジェクトを推進する場合、東北地域の空気や水の環境が良好でなければ、だれも安心して食品を食べることはできない。
そこで、東北地域の環境基準を中国の他地域に比べて厳しくすることが必要である。例えば2020年までに日本の環境基準を満たすことを義務化すれば、東北地域の全工場は最先端の排煙処理設備を備え、東北で走る自動車は日本の排ガス規制をクリアできるようにすることが必要になる。
そうなれば、多くの環境関連需要が生まれ、環境関連産業の日本企業が東北地域に進出し、東北で走る車の多くはハイブリッド車になる。
冬季の最低気温がマイナス20~30度にまで低下する東北地域では、通常のガソリン車ではエンジンがかかりにくい。
しかし、ハイブリッド車はスタート時が電動であるため、エンジンのかかりが悪くなる心配がないというメリットも大きい。このため東北地域でのハイブリッド車に対するニーズは他地域に比べてかなり強いはずである。
以上の3つの施策を実施すれば、東北地域は経済が大幅に活性化するのみならず、中国人の誰もがうらやむ日本並みの環境保護の行き届いた健康モデル基地に生まれ変わることができる。同時に大気汚染が最も深刻な華北地域の環境改善にも大きな効果を発揮することが期待できる。
日中協力プロジェクトとして以上のような成果を実現することができれば、それにより日中間の信頼の絆も深まる。
是非とも日中両国の協力プロジェクトとして新シルクロード構想支援を通じた日中ウィンウィン関係の構築が実現することを期待したい。