コラム  国際交流  2016.10.04

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第90号(2016年10月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 仏Le Monde紙は、リオ五輪の閉会式における安倍首相の写真(déguisé en héros de jeu vidéo, Super Mario)を載せ、「リオ五輪で東京はリレーを引き継ぐ(JO 2016: Tokyo prend le relais olympique)」と題し、2020年の五輪に向けた日本の現状を紹介した(8月23日)。我々は五輪を含めて如何なる形の「引き継ぎと引き渡し」が出来るのだろうか。

 先人から引き継いだこの日本--①礼儀正しい人々に満ち、安全で秩序正しい日本社会、②自然に恵まれ、災害に対しても強靭な日本の国土、③勤勉な労働者によって支えられた活力溢れる日本経済、更には④近隣諸国との友好関係に努めつつ、健全堅固な防衛意識を持つ日本国家。我々は、この国を次世代、更には遥かなる将来世代に引き渡す責務を負っている。

 飛躍的な技術進歩は、良きにつけ悪しきにつけ、自然環境を変化させ、同時に人口の高齢化を招いた。こうした事態が、後に危機的状況に陥ると予見した哲学者のハンス・ヨナスは、「人類の未来に対する"我等自身"の根本的な義務(unsere Grundpflicht gegenüber der Zukunft der Menschheit)」を強調した(Das Prinzip Verantvortung, 1979; 邦訳は『責任という原理』 2000年)。今こそ、彼の言葉に耳を傾ける時期が到来したと言えるのではないだろうか。

 さて9月21日、弊研究所(CIGS)のInternational Research Fellowで、Stanfordで精力的に研究する櫛田健児氏を迎えて、Silicon Valleyの最新情報に関するセミナーを開くことが出来た--セミナーの直前、櫛田氏が東京の書店に立ち寄り、Silicon Valleyに関する書籍に目を通すと、そうした書籍が伝える情報と実情との間に"違和感"を感じたとのこと。確かに、海外の実情と現地から遠く離れた日本に届く海外情報との間には、misperceptionやmisunderstanding、更には情報が歪んだ形で伝わるmisinformationやdisinformationが混在する。中国の専門家で同僚の瀬口清之氏も、弊所のwebsite上で、日本語による中国情報が伝える"極端な悲観論"の問題を指摘している(「中国市場で再燃、日本企業のガラパゴス化現象-対中投資積極化に動く世界の潮流から取り残される日本企業-」 2016年8月)。

 常在化する"誤情報"・"誤解"が意思決定者の頭の中に植え付けられると、intelligence failure (諜報活動の失敗)を通じて悲劇的な結果に終わるのは周知の事実だ。嘗ての「電子立国日本」が凋落の憂き目に遭ったのも、business intelligence failuresが深く関係していると筆者は考えている。そして、戦前の電波技術史--1930年代前半までは先進国と開発を競った日本が10年後には後進国に陥った史実--を、櫛田氏に伝えた次第だ。さて技術専門誌(MIT Technology Review誌)の日本語版が今月から発行されるが、若き日本の専門家が同誌を通じグローバルな情報交換に関して一段と積極的になってくれることを期待している。

 技術分野に限らずintelligence failureは致命的悲劇を生む。典型例としては、朝鮮戦争時の中国の参戦を予期出来なかった1950年10月のトルーマン大統領とマッカーサー連合国軍最高司令官との"ウェーク島会談"が有名だ。また敗戦5年後の1951年1月、吉田茂首相は外務省の斎藤鎮男政務課長に「日本外交の過誤」に関する資料作成を命じた--元外交官の小倉和夫氏がその資料を基に2003年に『吉田茂の自問--敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』として発表している。そして同書の中には3つの誤断が記されている。即ち①中国のナショナリズムとその歴史的意味、②欧州の情勢、③米国の政治・外交政策、以上3つのintelligence failuresだ。当時、中国情勢を正確に把握する外交官(石射猪太郎等)がいたし、また独ソ対立やソ連の対日侵攻を予知した小野寺信や、ドイツの対ソ戦(Unternehmen Barbarossa)開始直後の6月25日、「ドイツは蔣介石の持久戦("以空間換取時間")に苦しむ日本と同じ運命を辿る」とローマ駐在のドイツ海軍武官に語った光延東洋等、海外情勢に明るい帝国軍人が多数いた。それだけに日本が犯した「亡国のintelligence failures」が悔やまれる。

 以上の問題意識に基づき、今後とも少しでも正確な海外情報を読者諸兄姉に伝えたいと考えている。



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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第90号(2016年10月)