コラム  国際交流  2016.08.01

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第88号(2016年8月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 7月中旬、欧州で多くの友人達と意見交換を行う機会を得た。ロンドンのSt. James's SquareやUniversity of Cambridgeでは、王立協会の資料("UK Research and the European Union: The Role of the EU in Funding UK Research," June 2016)等を見つつ、英国の高等研究の将来について議論を重ねた--EU全体の財政負担に関しては、英国の受取額が拠出額を下回って様々な不満が噴出している。しかし、研究活動に限ると、Oxbridge等の優れた研究機関を数多く持つ英国は、受給する研究助成金額が拠出金額を遥かに上回っている。筆者は「ホーキング博士等研究者の不安は的中するかも知れないね」と友人達に語った次第だ(例えば小誌4月号に掲載した"Hawking Leads 150 Royal Society Scientists against Brexit"を参照)。

 現代の研究において重要な点は、異分野の研究者や異業種の実務家が互いに知恵を出し、統合化された具体的な技術体系を確立することである。この点に関し、例えば関西学院大学の玉田俊平太教授等による事例研究(「学際性を重視したイノベーション教育の先進事例: スタンフォード大学Biodesignプログラム」『研究技術計画』(2014年))を読めば容易に理解出来よう。また、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授は近著(Teaming to Innovate, 2013)の中で、学際的研究の効率性を高めるため、"Teaming across disciplinary lines is so vital to innovation"と述べて、"巧みなグループ編成・運営"と"リーダーシップ"の重要性を指摘している。こうした学際的研究について全米研究評議会(National Research Council (NRC))は、チーム研究にかかわる報告書の中で統合化を目指す研究の課題と対策を列挙している--例えば、①チーム研究に関するノウハウの共有化、②特定分野の専門家だけでなく多様な専門家を統率するリーダーシップに関する教育、③グローバル時代における地域分散的共同研究の効率的運営だ。尚、詳細はEnhancing the Effectiveness of Team Science (Washington, D.C.: National Academies Press, August 2016)を参照されたい。

 様々な分野で学際的協力が期待されている。例えば高齢化が世界各地で進むなか、socially assistive robotsの進歩に期待が高まるにつれて、この領域の学際性が重要になっている。高齢になると、次第に自らの意思を言葉で明瞭に伝達する事が困難になってくる。こうして介護者と同様、介護ロボットにも、高齢者の意思を巧みに聞き出すための対話術(elderspeak)の機能が不可欠となる。このため現実の介護現場とロボット研究の学際的協力がなければ、elderly care robotsの実用化・普及は難しい。今後とも内外の様々な関連した専門家と対話を続けつつ、学際的研究の進化を観察してゆくつもりだ。

 出張中、EU離脱(Brexit)に関しても意見を交わした。友人達は殆どがEU残留派だが、彼等を通じて対立する離脱派(Brexisteers)の見解を詳細に知った事が、筆者の頭の中を整理するという点からは有益であった。

 英国人は誰もが大陸的な国家統制主義(étatisme)が我慢出来ないという。確かに、ケンブリッジ大学のブレンダン・シムズ教授は、近著(Britain's Europe: A Thousand Years of Conflict and Cooperation, April 2016)の中で、英国と大陸欧州との思想的軋轢を論じた。筆者は次のように語った--大陸にも昔からヴォルテールやモンテスキュー等、英国の姿勢を理解する人がいた。それを人々が想起すれば英仏関係は協調的になるだろう。だが肝心な点は、もはや今の英国は偉大な帝国ではない。しかも今やグローバル時代。EU創設直前の1950年に、大陸側は英国の参加を促したが、当時の労働党政権は固辞した。その時、野党側にいたチャーチルはフランスの諺に触れて英国の将来を嘆いた--"会合を欠席した者はいつも悪者だ(Les absents ont toujours tort))"。それ以後、"もはや英国は取るに足らない(L'Angleterre, ce n'est plus grand chose)"と言うドゴール大統領等に阻まれて英国のEC加盟は20年以上の歳月を要した。今回、英国は昔と同じ過ちを犯したのではないか?、と。

 海外へと通じる扉を閉じる事は国家戦略上の致命的失策だ。勿論、無防備・無警戒に扉を開放する事も誤りである。ヒト・モノ・カネや情報、更にはviruses (病原菌に加えcomputer virusesやviral terrorists)の出入りを注意深く監視しつ、平和と繁栄のために海外との交流を推進することこそ、我々の責務である。



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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第88号(2016年8月)