コラム 国際交流 2016.07.04
英国のEU離脱(Brexit)決定を受け、世界全体が不確実性と不安の高まりを感じている。偉大な歴史学者、ウィリアム・マクニール教授は名著The Pursuit of Powerの最後で、自然や社会制度を改良・変革する卓越した人間の能力とは対照的に、そのために必要な集団行動に関し政治的合意を導く人類の能力には限界が有る事を指摘した。確かに、Brexitは①移民--特にイスラム化した大陸欧州(an Islamized Europe, Eurarabia)からの移民--に対する心理的不安が政治経済に与える影響力が如何に大きいか、また②情報を理解する市民(an informed citizenry)が、グローバル時代に多数派となる事が如何に難しいか、を見事に示したのだ。合意形成能力に関する人類の限界は欧州内部に止まらない。米中関係も、英The Economist誌が"Dialogue of the Deaf" (June 4)と、また米Wall Street Journal紙が"Impasse in Shangri-La" (June 6)と題した如く、合意形成から遠い状態だ。
全世界で不確実性と不安が高まる中、小誌前号で触れた会合(Asia Vision 21)で1年ぶりに再会した米国の友人からメールが届いた--「Jun、The China Dream(«中国梦»)を読んだ? 感想は?」、と。慧眼な読者はご存知の通り、2010年に中国で上梓された同書は、キッシンジャー氏の著書(On China, 2011)等、数多くの文献に引用され、マイケル・ピルズベリー氏(優れたChina watcherで『China 2049(原書名The Hundred-Year Marathon)』の著者)が、昨年夏にジョージタウンに在る自邸で著者の劉氏を招き英訳版(昨年5月出版)のbook partyを開いた本である。
筆者は次のように答えた--「主張の賛否は別として、中華料理"重慶火鍋(Chongqing Huoguo)"を楽しんでいるような本だ。ジョセフ・ナイ教授や故大来佐武郎氏をはじめ様々な人の主張にも触れ、ニコラス・スパイクマンの未邦訳本America's Strategy in World Politicsにも言及しており、著者は良く勉強していると思う。更には米国等の諸国が採る対中戦略として①contain(遏制)、②adapt(适应)、③counterbalance(制衡)を提示し、②と③を諸国が採るならconstructive competition(建设性的竞争合作)が出来ると述べている。また同書に序文を載せた人民解放軍(PLA)の劉亜洲将軍は、"中国の夢は米国の悪夢ではない(中国人的'美梦',不是美国人的'噩梦')"と述べているから、米中間で知恵を出し合意形成を期待しているよ」、と。
しかしながら、中国の対外的合意形成能力に疑問符が付き始めている。それはアジア太平洋だけでなく欧州でも怪しくなってきた。例えば米国のシンクタンク(Brookings Institution)に現在在籍しているフランス人による研究書(China's Offensive in Europe, May 2016)は、昨年パリで出版された本(L'offensive chinoise en Europe, January 2015)の増補英訳版だ(小誌5月号参照)。著者はその中で「中国のソフトパワーは、欧州人に中国が不可思議に映る限り、欧州人の心を支配することはないであろう(Chinese soft power cannot conquer European minds . . . as long as the Chinese regime remains enigmatic in European eyes.)」、と冷ややかに述べている。また先月中旬のメルケル首相の中国訪問に関し、独Die Welt紙は"難しい相手との厳しい対立(Harte Konflikte mit einem schwierigen Partner)" (June 12)と題し「かつては賞賛されたパートナーシップにヒビ割れ(Die viel gelobte Partnerschaft hat Risse bekommen)」と伝えている。こうしたなか、中国は今後如何なる形で合意形成能力を高めてくるのだろうか。人民解放軍海軍(PLAN)が発行する雑誌(Dangdai Haijun/«当代海军»)の5月号に、"warm power(暖实力)"という言葉が出てきた。"soft power(软实力)"でも"hard power(硬实力)"でも更には"smart power(巧实力)"でもないのなら、一体何を意味するのか。先月25日に北京で善隣友好協力条約15周年を祝ったプーチン露大統領に我々は尋ねるしかないのだろうか。