コラム  財政・社会保障制度  2016.06.30

都道府県別に見た社会福祉法人の財務データ分析結果

 当研究所が2016年3月28日付け日本経済新聞「経済教室」欄に発表した施設経営社会福祉法人の財務データ集計結果に対して大きな反響があった。発表直後の3月31日に社会福祉法改正法律案が国会で成立したことにより、経済教室で改革の柱として強調した社会福祉法人全国財務データベースの構築が法定され、その具体的内容や社会福祉法人監査制度の在り方等を審議するため社会保障審議会福祉部会も再開された。社会福祉法人数は2万を超えるが、そのうち過剰な内部留保が問題視されている施設経営社会福祉法人数は約1万8千と推定される。当研究所が行った作業は、全国社会福祉法人経営者協議会のWEBサイトの会員法人情報公開ページに記載のある法人名から各法人のWEBサイトにアクセスして財務諸表をダウンロードした上で都道府県別、事業の中心になっている施設種類別に集計分析するというものである。結果として、施設経営社会福祉法人のうち集計可能な2014年度の財務諸表を5,513法人分入手することができた。経済教室発表後の霞が関各省庁からのヒアリング、医療介護福祉関連団体の招きによる講演会では、経済教室よりも詳しいデータを示すことで有意義な意見交換をすることができた。そこで、本コラムにおいて対外説明に用いた詳細版データを開示し(添付分析結果PDF参照)、その要点を以下のとおり列挙することとした。当研究所WEBサイトで既に公開している経済教室記事「社会福祉法人改革の論点:余剰現預金拠出の制度を」と併せて読んでいただければ幸いである。


① 別格に規模が大きい済生会(2014年度収益5,824億円)と聖隷福祉事業団(同1,047億円)を除いた約1万8千の社会福祉法人の全体像は、総資産18兆円、純金融資産2兆円超、事業活動収益7.6兆円、経常利益3,300億円超、平均経常利益率4.4%と推計される(分析結果PDF 2頁)。

② このうち純金融資産とは、現預金、投資有価証券などの金融資産(退職給与のための積立金を含まない)から借入金を控除したものである。2兆円超という推計値に対してある社会福祉法人団体から「1法人あたり1億円であり少額ではないか」という趣旨の反論があった。しかし、社会福祉法人は、福祉ニーズに応えるため毎年財源をフル活用している事業体と、新規投資を控え新たな福祉ニーズに消極的な事業体に二極化しており、純金融資産も一部(筆者の印象では全体の約2割)の社会福祉法人に偏って積みあがっている。これは、全国社会福祉法人経営者協議会の会員法人情報公開ページから数百の社福の財務諸表を見れば分かる事実である。中には総資産431億円、純金融資産287億円という社福もある。

③ また、2兆円という純金融資産を1法人あたり平均値で議論することは誤解を招く。18,000法人全体では「金融資産4.6兆円マイナス借入金2.6兆円=純金融資産2兆円」と推計されるが、消極経営社福と新規投資を借入金で行っている積極経営社福の2つに分けて社福の財務構造を見る必要がある。仮に、借入金の方が金融資産より大きい積極経営社福が保有する金融資産が1.6兆円とすれば、実質無借金経営の社福が保有する金融資産は3兆円という計算になる。全国データベースが構築されることにより、このような社会福祉法人の財務構造が個別社福毎に国民に明らかになることの意義は極めて大きい。

④ 講演会の説明時に参加者から驚きの声が上がるのが、集計した5,513法人の2割近い972法人の経常利益率が10%以上であることを示した時である(分析結果PDF 3頁)。とりわけ障害者施設専業社福、障害者施設を主としながら児童施設または保育所を兼営している社福の約3分の1が経常利益率10%以上であることが注目される。筆者は、経常利益率が異常値を示す一部の社福の財務諸表を2010年度分からフォローしているが、障害者施設社福の中には、経常利益率が毎期30%前後の事業体まで存在する。

⑤ このように障害者施設社福の経常利益率が高い理由について関係者にヒアリングしたところ、次の回答を得た。第一の理由は、所轄庁である都道府県や市区が、障害者社福の財務諸表の内容に拘わらず過去に定められた規程にしたがって補助金給付を続けているためである。第二の理由は、介護サービスと同様に障害者福祉サービスも措置制度(給付対象者と財源の決定を所轄庁が全て行う)から契約制度(社福と利用者の契約に基づく運営)に移行したことを契機に、社福側が様々なサービス名目で追加料金を設定し徴収しているためである。後者の追加料金は合法とはいえ、高利益率の社福が行っているとすれば、「社会福祉法人の自己否定」と言わざるを得ない。改正法では「無料又は低額の料金で福祉サービスを提供する」ことを社会福祉法人の責務として明確に規定した。これを自らの経営判断で実行できない社福が今後も存在し続けるのであれば、社会福祉法人が非課税優遇を受け補助金が優先配分されている根拠を失うことになりかねない。高利益率社福による追加料金徴収を停止させ、職員や生産活動に従事する障害者の給与を強制的に引き上げさせる行政指導に踏み切る必要があるように思われる。

⑥ 平均経常利益率4.4%を都道府県別に見ると東京都の2.0%(112法人の平均)から愛媛県の8.3%(89法人の平均)まで大きな格差がある(分析結果PDF 4頁)。愛媛県の社福の利益率が高いのは、高齢者施設専業社福の平均経常利益率が12.9%(24法人の平均)と高いためである(分析結果PDF 5頁)。集計作業中、総じて大都市圏よりも地方県の方が社福の利益率が高いような印象を受けたが、その理由として地方の人件費が大都市より相対的に安いことが考えられる。

⑦ 政府が保育士の給与2%アップを公約しているものの、消費税率引き上げを先送りしたことから、その財源確保が政策課題になっている。しかし、保育専業社福760法人の平均経常利益率が4.9%(分析結果PDF 6頁)であることから、財源不足の保育専業社福の存在を認めるにしても、マクロ的には保育士給与アップ財源は社福自身にあると判定される。ちなみに、平均経常利益率が全国平均と同じ4.9%である東京都の保育専業社福の平均人件費比率は74%である。したがって、追加補助金なしで保育士給与を2%引き上げたとしても、利益率は1.5ポイントダウンして3.4%になるにすぎない。さらに最近、保育所経営株式会社が補助金なしでも保育士給与を引き上げると発表した。つまり、保育士給与アップ問題は財源のみでなく経営判断の要素が強いことに留意すべきである。


 これまで筆者は、「少子高齢化と財政難の下でわが国のセーフティネットを強化する時の主役は社会福祉法人である」と繰り返し主張してきた。今回の推計発表後も積極的な経営を行っている社福の経営者の方々から、講演会や意見交換の機会をいただいている。少子高齢化対策のために追加財源を投入するのであれば、これらの積極経営社福に重点配分する政策が必要と思われる。



社会福祉法人2014年度財務データ分析結果PDF:369KB