コラム  財政・社会保障制度  2016.06.28

社会福祉法改正法が成立-アカウンタビリティと経営力の強化で改革を-

 2016年3月31日に社会福祉法人(以下、社福と略す)の経営改革を促す「社会福祉法等の一部を改正する法律(以下、改正法と略す)」が成立した。今回の改正は、福祉サービスの高度化を図るための大きな改正だったといえる。

 改正法は、「社会福祉法人制度の改革」と「福祉人材の確保の促進」に大別される。「社会福祉法人制度の改革」のポイントは、①社会福祉充実残額(余裕財産)のある社福は、残額を明確にした上で、社会福祉充実計画を策定し、所轄庁の承認を得なければならないこと、②事業運営の透明性を図るため、国による全国データベースの整備及び財務諸表等を公表することである。



 〇改正法の内容

 (1)社会福祉法人制度の改革
 ①経営組織のガバナンスの強化
  評議員会の必置及びその議決期間化
 ②事業運営の透明性の向上
  財務諸表等の公表(一部は2017年4月1日から)、会計基準の統一、定款整備、役員報酬の公表
 ③財政規律の強化(適正かつ公正な支出管理)
  役員、職員、それらの配偶者や三親等内の親族に特別の利益を与えることを禁止
 ④地域における公益的な取組を実施する責務
 ⑤内部留保の明確化と福祉サービスへの再投下
 ⑥行政の関与の在り方

 (2)福祉人材の確保の促進
 ①介護人材確保に向けた取組の拡大
 ②福祉人材センターの機能強化
 ③介護福祉士の国家資格取得方法の見直しによる資質の向上等
 ④社会福祉施設職員等手当共済制度の見直し



 社福の財務諸表の公表については、2013年6月の「規制改革実施計画」や「日本再興戦略」の閣議決定に盛り込まれ、翌2014年6月に閣議決定された「規制改革実施計画」では、財務諸表の情報開示について、標準的形式を提示し、各社福が原則としてホームページ上で開示を行うように指導することが記載され、通知で措置済みである。補助金等の情報開示の義務付けについても、同様に措置済みである。

 通知のとおりに実行されているかどうかについて、社福の財務諸表の整備状況と財務構造の概観を確認することとした。改正法が今年3月末に成立することを見込み、昨年末から今年3月にかけて、当研究所の松山幸弘氏とともに社福の財務データを分析した。このプロジェクトは松山氏の発案である。松山氏は厚生労働省の社会保障審議会福祉部会の委員として社会福祉法人改革について検討してきた。筆者は財政を研究しており、公費が投入されている社福はまさに財政問題であること、また、民間企業の経理部を経て、税理士となり、東京都や山形県の公会計コンサルや自治体のITコンサルを行ってきたことから、松山氏のプロジェクトを手伝う形で参画した。

 社福数は全国で約20,000と言われており、施設経営社福数は自治体所轄と厚生労働省所轄合わせると約18,000である。しかし、現在は全数の財務データを入手できるところはなく、全国社会福祉法人経営者協議会(以下、経営協と略す)の法人情報サイトが、現時点で最も多くの財務データを入手できるとわかり、集計可能な形で開示している5,513法人の2014年度の財務諸表を分析することとした(済生会と聖隷福祉事業団を除く)。財務データを収集するにあたっては、経営協のサイトに掲載されている財務諸表のほか、社福のホームページや自治体のホームページも併せて確認し、経営実態も把握した。

 社福の財務諸表を集計していて驚いたことがある。経営協のサイトで、財務諸表を掲載しているとしながら、貸借対照表や損益計算書のどちらかしか掲載していない社福や簡易版の財務諸表しか掲載していない社福がかなりの数存在したことである。また、社福のホームページ上でも、財務諸表を掲載しているが、極端に小さく掲載していたり、文字が薄かったりと読めないようにしているのかなと思わせるような社福もあった。印刷できないようにしている社福もあった。そして、財務諸表を見つけるまでに何分もかかるような複雑なホームページの作り方をしている社福もあった。このようなことは、民間企業では考えにくい。なぜそのようなことになっているのかは直接問い合わせていないのでわからないが、何か都合が悪いことでもあるのではないかと思わず疑いたくなるほどだ。おそらく福祉に邁進するあまり、経理に精通した経営者と職員が少ないだけだと思われるが、改正法の適用にあたり、正確な財務諸表の作成とわかりやすい開示を徹底する必要がある。

 地域ごとに財務諸表の様式が似ていることも思いがけない発見だった。財務諸表の様式が標準化していないことからくる。その地域では同じITベンダーの会計ソフトを使用しているのだろう。改正法の適用にあたり、福祉の提供に邁進している社福にとっては、経理要員を拡充するのも難しいかもしれない。迅速な標準的様式の提供が望まれる。そして、余裕財産の算出を容易にする会計ソフトの開発や小規模法人の会計知識を高める支援も必要だろう。

 今回、財務諸表を集計したことで、一般的な予想に反した高い経常利益率、内部留保の積み上げがあることがわかった。事業の継続に必要な財産との明確な分類が必要であり、説明責任を果たすことが社福の経営力をさらに高めることにつながる。

 また、社福には補助金が活用されているが、社福が開示している事業活動収支計算書(企業の損益計算書に相当)からは補助金を把握することは困難であったため、今回の補助金調査は断念せざるを得なかった。高い経常利益率の社福は、経営力が高いと評価できるが、そのような社福に公費投入が必要なのだろうか。自立可能な社福には自立してもらい、その分の補助金を他の社福に回すなど、補助金の配賦のあり方についても検討した方がよいだろう。

 現在の問題点を指摘してきたが、こうした問題点も改正法の確実な実行により、徐々に改善されるだろう。

 改正法は究極のところ、社福に何をもたらすのだろうか。経営的な視点を入れることで、社福の経営力が向上し、地位を上げる。財務諸表を開示することによって、いらぬ誤解を避け、地域住民に、社福の存在をこれまで以上に周知させる。そうしたことで、地域に密着した福祉サービスを提供できる。

 筆者の住む地域には、パン屋を経営している社福がある。そのパン屋は一見して社福が経営する授産施設とはわからないくらい綺麗な店構えで、筆者が住み始めてから15年以上になるが地域に根付いている。また筆者の知り合いの子どもが通う授産施設は6か所の事業所を経営し、10か所のグループホームも持つ大きな社福である。このように地域に根ざした事業を行っている社福は全国にたくさんある。地域のニーズに応え、住民に幅広く理解してもらうためにも、経営力向上と財務諸表のわかりやすい公表は必須だ。

 そして、社福が地域に貢献できる可能性は高く期待は大きい。親しくしていた自治体の税務部長だった職員は、地元の知り合いの保育園の経営を支援するために、声のかかったいくつかの要職を断った。周囲からは、なぜわざわざそんなところにいくのかと言われたそうであるが、社福の経営を強化する必要があると考えたからである。この自治体職員のように、社福の意義を理解し、サポートする地元住民が増えると、その地域の社会福祉はさらに充実するだろう。社福はこの改正法を活かし、経営力を高め、住民と手を取り合い、地域の社会福祉を充実させることが肝要である。