メディア掲載 外交・安全保障 2016.06.02
オバマ大統領の歴史的な広島訪問と原爆ドームを背に当時の惨劇に思いを馳せた声明は、「核兵器なき世界」に向けた決意の再確認でもあった。しかし、オバマ大統領自ら認めるように「核兵器なき世界」への道程には一定の進捗と停滞・後退が混在している。
オバマ政権初期の核軍備管理と軍縮には大きな進展がみられた。米国はまず「核態勢見直し」(2010年4月)において国防戦略における核兵器への依存を減らす方針を明確にした。そして米国とロシアの新戦略兵器削減条約(新START、2011年2月発効)では、互いの核弾頭を1550発まで削減することが合意された。
オバマ大統領自身が提唱した「核セキュリティサミット」では核関連物質の管理強化や核テロ防止のための措置に具体的な成果を上げた。また、昨年7月の米・イラン核合意ではイランの核開発が大幅に制限され、国内の軍事施設の条件付き査察を受け入れた。さらに核兵器の非人道性を強調する活動や、核兵器を法的に禁止する運動の機運も高まった。
しかし過去5年間の「核兵器のない世界」への道筋は率直にいって停滞が続いている。ロシアによるクリミア半島の併合、東ウクライナへの介入、シリア空爆などで米ロ関係には緊張が続き、新STARTに続く核兵器の削減については、交渉の端緒についていない。北朝鮮は今年4回目の核実験を経て核兵器国を自称し、朝鮮半島の非核化は大きく遠のいている。また昨年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、中東非核化構想をめぐる対立が解けず、最終文書を採択することすらできなかった。そして、中国、インド、パキスタン、イスラエルは、多国間の核軍縮枠組みに加わろうという姿勢を一向にみせない。
国際社会はこの進捗と停滞の混在状況を打開する方法を見出していない。米国は通常戦力・ハイテク兵器で優位にたち、核兵器の重要性を下げることは可能だ。しかし国力が相対的に低下したロシアや、通常戦力を整備できない北朝鮮は、核兵器の役割をむしろ重視している。これらの国々は局地紛争を優位に進めるために核使用の威嚇を用いるケースも増えてきた。核兵器の数を減らす論理と増やす論理も混在しているのが現実だ。
長期目標として「核のない世界」の旗印を掲げ、その具体的な歩みを強化することは重要だ。しかし短・中期的には欧州・アジア・中東の戦略環境と核兵器の位置付けに真摯に向き合う必要がある。「核兵器が存在する間は効果的な核抑止を維持する」というプラハ演説のもう一つの柱は、今なお重要な課題なのである。