メディア掲載  外交・安全保障  2016.04.01

民主主義の後退

読売新聞2016年3月28日に掲載

 国際NGO団体フリーダムハウスが1月に発表した年次報告書によれば、世界の民主主義は「10年連続で後退」している。同報告書は世界各国の「政治的権利」と「市民の自由」、特に選挙過程、国民の政治参加、表現の自由、法の支配、基本的人権などを指標化し、民主主義の現状と推移を知る格好の資料となっている。

 民主化理論ではしばしば経済発展は民主化を促進するととらえられてきた(リプセット仮説)。経済成長は社会の近代化をもたらし、市民社会の成長、都市化の進展、中間層の拡大、教育水準の向上が顕著となる。こうした多元化した社会が権威主義体制の機能不全をもたらし、議会制民主主義へと移行・定着するとみなされてきた。

 サミュエル・ハンチントンが『第三の波』で論じたように、1970年代に南ヨーロッパで始まった民主化は、ラテン・アメリカへと伝播し、アジアにも波及し、冷戦の崩壊とともにソ連・東欧地域に広がった。70年に35か国(世界の24%)だった議会制民主主義国は90年に69か国(同41%)、2006年には123か国(同64%)に増えるに至った。

 しかし過去20年の経済発展と民主化の関係は一筋縄でいかなくなってきた。世界の国内総生産(GDP)は2.4倍(IMF統計)に膨れ上がり、貧困率、途上国の初等教育、乳幼児死亡率、感染症の罹患率などの指標は大幅に改善された。にもかかわらず、議会制民主主義を導入する国は増えないばかりか、民主化から後退するケースも散見される。

 中国とロシアの指導者への権力集中、アラブの春以降の中東・北アフリカ地域における混乱と権威主義の再台頭、中央アジア地域における国家の市場介入の強化、東南アジアにおける政治的緊張など、経済発展が基調となっている地域で民主化・自由化が進んでいない。

 この民主主義の停滞・後退は、リプセット仮説や民主化移行論に対する重大な問題提起として、米国の学術誌『ジャーナル・オブ・デモクラシー』を中心に議論されている。大きく分けて①新興国が「国家資本主義」型の強い政府による市場介入を採用していること、②格差拡大に伴い既得権益層が民主化導入に消極的なこと、③紛争やガバナンスの欠如で民主制度の導入ができないこと、などの論点が挙げられている。

 これらを総合すると、新興国は民主主義への転換を果たさないまま台頭し、民主化の担い手とみられてきた中間層はむしろ抵抗勢力となり、自由化を求める政治運動は権威主義の統制強化の触媒となる傾向が顕著であることを意味している。先進国でも、低成長・高齢化時代の分配政策、難民問題への対処などで、民主的決定へのストレスが溜まっている。世界の民主主義をどのように立て直すのか、大きな岐路にたっている。