メディア掲載  国際交流  2016.03.18

中国の経済政策が直面する2つのリスク要因-全人代で提示された成長率目標達成に関する懸念材料-

JBpressに掲載(2016年3月17日付)
全人代で示された今年の経済成長率目標

 全人代が開幕した3月5日、李克強総理が政府活動報告の中で今年の政策運営目標を発表した。特に注目を集めたのが、今年の実質GDP(国内総生産)成長率目標を6.5~7%としたことである。

 今年は第13次5か年計画の初年度に当たる。この5か年計画の成長率目標を6.5%以上としたことから、初年度の今年からその目標を下回るわけにはいかないというのが、今年の成長率目標の背景にある判断だったものと推察される。

 しかし、1月下旬に筆者が北京で現地の信頼できる経済専門家と意見交換を行ったときに得た情報では、今年の成長率が7%に達する可能性を指摘した人は誰一人としていなかったほか、6.5%に到達することすら容易ではないという指摘が少なくなかった。

 昨年の成長率は6.9%だったが、これは昨年前半の大幅な株高に伴って株式市場の取引量が急増し、それが金融分野の手数料収入などの拡大に大きく貢献したため、金融分野の成長率に対する寄与度は0.3~0.4%に達したと見られている。

 株価は6月中旬以降急落し、株式売買高は第4四半期以降、低水準で推移している。したがって、今年は昨年に比べて金融分野の成長率に対する寄与度が大幅に低下するため、その要因だけで今年の成長率は昨年に比べて0.3~0.4%低下する。

 他の条件が変わらなければ、今年の成長率は6.5~6.6%にまで低下し、政府の成長率目標の下限に達する。

 加えて、政府活動報告の中で、今年の重点政策として、石炭、鉄鋼を中心とする過剰設備の削減が強調されている。これには非効率な経営が原因で事実上倒産状態にもかかわらず金融機関の支援によって生き延びているいわゆる「ゾンビ企業」を市場から退出させる措置も含んでいる。

 この政策に対しては、工場の操業停止、企業の倒産等による失業増大、税収減少を懸念する地方政府と、貸出債権の不良債権化を懸念する金融機関がいずれも抵抗している。中央政府はその抵抗を押し切って、このリストラ策を強力に推進しようとしている。

 中央政府の目標通りに過剰設備の削減やゾンビ企業の市場からの退出が進めば、失業率が増大し、消費にもある程度マイナス効果が及び、成長率の押し下げ圧力が生じる。その点を考慮すれば、投資と消費の両面で昨年に比べて成長率への寄与度が低下する可能性が高く、政府目標の6.5%の達成は難しくなるのは明らかである。

 そこで、政府活動報告の中では、財政・金融政策の両面から景気下支え策を実施し、成長率の引き上げを図ろうとしている。

 具体的には、鉄道、高速道路、発電所、送電網などのインフラ建設を拡大するとしている。こうしたマクロ政策面からの成長率押し上げ策により、何とか6.5%の政府目標の達成を図ろうとしている。



構造改革推進へのマイナス効果の懸念

 政府活動報告では、今年の中国の経済政策運営上の重要課題は過剰設備の削減と過剰不動産在庫の処理、それをサポートする貸し出しの抑制であると述べられている。これらの構造改革を今年中に大胆に実施することができれば、13次5か年計画の展望は明るくなる。

 逆に、このリストラを先送りすれば、その処理がますます難しくなり、中国経済は不良債権の重い負担に苦しみ続けることになる。

 したがって、本来、今年は成長率にこだわらず、構造調整を徹底的に断行するのがベストである。しかし、来年は第19回党大会が予定されており、習近平主席の後任人事にも影響する重要な人事が決まる可能性がある年である。

 このため、今年についてはその人事に悪影響を及ぼすような低い成長率になることは好ましくないとの判断が働いていると考えられる。こうした政治的な背景により今年の成長率目標は自然体の着地に比べて、多少無理をして引き上げられたと見られている。

 この政治面への配慮が、地方政府において非効率な投資の拡大を容認するリスクを伴う可能性があることから、構造改革の徹底的な推進にマイナスの効果をもたらすことが懸念される。

 こうした政治的な配慮による経済政策運営上の妥協策は民主主義政治体制の国では選挙対策として日常茶飯事であることを考慮すれば、政権運営上当然の配慮とも言える。

 ただし、日本の1990年代を振り返ると、そうした政治的配慮の結果として、必要な構造改革が長期にわたって先送りされ続け、日本経済の長期停滞を招いた。中国がその轍を踏まないことを期待したい。



今年の経済政策運営上のリスク要因

 以上の政策運営目標などを踏まえて今年の中国経済を展望してみたい。

 昨年の第1四半期は地方財政支出の急落を背景にブレーキがかかったが、今年はそうした要因が存在しないと考えられることから、第1四半期の成長率はやや高めの6%台後半に達すると予想される。

 しかし、昨年の第2四半期は、株価の急騰に伴って金融取引が急増し、成長率を大幅に押し上げた(ある専門家は寄与度が0.6%に達したと指摘している)が、今年は金融面の押し上げ効果がなく、その反動が生じることから、第2四半期は6%台前半に低下すると思われる。

 その後第3、第4四半期は景気刺激策としての財政出動が増加し、徐々に成長率が高まっていき、通年ではなんとか6.5%に到達させて着地するのではないかとみている。

 投資は、非効率な投資を削減して経済構造の筋肉質化を目指す、習近平政権の基本方針である「新常態」(=ニューノーマル)の政策運営に沿って、今年も伸び率が鈍化し続ける一方、消費も上述のように若干伸びが鈍化する可能性がある。

 ただ、この2つのコンポーネントについては、緩やかな減速傾向を保持しながら比較的安定した推移を辿ることが予想される。それに加えて、雇用と物価が安定的に推移しているほか、財政金融両面の景気刺激策発動余地も大きいため、今年の中国経済が大幅に減速する可能性はほとんどない。

 ただし、輸出は予想外に下振れする可能性がある。ドルベースの輸出前年比は、1月がマイナス11.2%、2月が同25.4%と2か月連続で大幅なマイナスを示した。この主な要因は2014年半ばから2015年3月にかけての急速な人民元高(実質実効レートベースで15%の元高となった)とその後の横ばいの推移が続いていることにある。

 もし輸出がこのまま大幅なマイナスを続けると、6.5%という目標成長率の達成はかなり難しくなる。のみならず、人民元の売り圧力が高まり、外貨準備の急速な減少が続き、人民元レートが一段と不安定化する。

 そうならないようにするには、なるべく早い時期に現在の人民元高を修正するために大幅な元安に踏み切るしかない。

 これは新興国などにマイナスのインパクトを与えることが避けられないため、為替操作の仕方については日米欧の通貨当局と緊密な連携を取り、国際金融市場への影響を最小限にとどめるように配慮しながら実施することが必要である。

 以上のように。今年の中国経済は基本的には安定的に推移すると考えられるが、2つのリスク要因がある。

 第1に、経済成長率の政府目標が高めにセットされたこと、第2に、輸出の伸びが大幅なマイナス傾向を示していることから人民元レートを早めに大幅な元安へと誘導する必要が生じる可能性があることである。

 今後この2つのリスク要因に対して、中国政府が政策運営上いかに対処していくかという視点から、中国経済の推移を注視していきたい。