メディア掲載 国際交流 2016.03.01
中国から日本を訪問する旅行客急増の勢いが今年も続いている。昨年央以降、クルーズ船で訪日する中国人旅行客に対してビザ取得を免除したこともあって、昨年は499万人、前年比2.1倍という驚異的な急増ぶりを示した。今年の1月もその勢いは変わらず、47.5万人、前年比2.1倍と高い伸びが続いている。
今年は更なるビザ発給に関する規制緩和でもない限り、さすがに2倍を超える勢いがこのまま続くとは思えない。ただ、一部の報道では、最近の中国の株安や元安が訪日旅行客需要にブレーキをかける可能性を指摘しているが、それは事実誤認である。現状程度の株安と元安であればほとんど影響はない。最近の株安は昨年央以降の暴落に比べると下落幅が小さく、売買高も大幅に減少しているため、所得への悪影響ははるかに小さい。また、元安は1人当たりの消費額に多少影響するかもしれないが、訪日客数の増加により需要全体の伸びは続く。
2014年以降、中国人訪日旅行客が急増している原因は、日中関係の改善に加え、1人当たりGDPが1万ドルに達して生活に余裕が出てきた中間層の急拡大にある。筆者の試算では、その人数は2010年の1億人から、13年には3億人、20年には8~9億人に達する見通しである。中国経済は、足許の雇用と物価の安定から見て、今後5年間の成長率が6.0~6.5%に達する可能性が高い。それを前提とすれば中間層の急拡大が続き、それとともに訪日客も伸び続けるはずである。とくにマレーシア、タイ等に対する措置と同様に、中国に対してもビザ免除範囲を大幅に拡大すれば、需要掘り起こしの余地は大きい。
中国からのインバウンドにブレーキがかかるとすれば、中国側の経済的要因ではなく、むしろ日本側の受け入れ能力不足が原因となる可能性の方が高い。昨年、東京や大阪のホテル稼働率は90%前後に達し、ほぼ満室状態が続いている。東京では一部のビジネスホテルの宿泊料金が7千円から3万円に上昇したという話が有名だ。東京や大阪の市街地のホテルは予約がとれないため、郊外のホテルや民宿の利用客が増えている。しかし、訪日客急増が続けば、それらのキャパシティーも限界に達し、宿泊先が手当てできないために訪日ツアーを催行できなくなるケースが増えることが懸念される。このほか、航空便、バス、バス運転手、通訳ガイドなど、ボトルネック化が懸念される材料は多い。インバウンドの急増で恩恵を得る様々な業界のためにも、日本側の受け入れ能力の拡大は急務である。
最近NHKの番組で、中国人訪日リピーター旅行客の目的の変化を紹介していた。当初の目的は買い物が中心だったが、最近は農村の田畑と山々、地方都市の古い街並みなど日本人の普通の生活の風景を見たり、民宿等で日本流の素朴でアットホームなおもてなしを楽しむことが旅の目的になってきているそうである。日本人から見ると当たり前の風景やサービスでも中国人にはとても新鮮で、心が癒される。
旅の目的の変化につれて、「爆買い」がもたらす経済効果は多少伸びが鈍化すると予想される。しかし、中国人が日本の風景や日本人そのものを好きになって繰り返し訪れてくれるようになれば、日本人にとって爆買い以上に大きな喜びである。中国人訪日旅行客が日中間の心の絆をつなぎ始めているこの流れをもっと太くしていくためにも、インバウンド客の受け入れ能力の急速な拡大に期待したい。