メディア掲載 外交・安全保障 2016.02.03
「米国は主要な戦闘領域における優位性を失う時代に入った」
2014年11月に公表された米国防省の「防衛改革イニシアティブ(DII)」は、潜在的な敵対国(主として中国とロシアを念頭)が軍事力の近代化を続け、先端軍事技術の開発を推進し、比類なき卓越性を持った米国の軍事力への明白な挑戦となっていることに警鐘を鳴らした。また、近年の米国防予算の大幅な削減が、兵力構成や研究開発投資を圧迫し、米国が将来にわたって世界で軍事的優位性を保つことが難しいという認識が示された。
国防総省はこれらを踏まえたうえで、米国が軍事技術の革新、新しい作戦構想、兵器調達、兵站などにまたがる全省的な改革が必要であることを唱えた。これらの改革は「第3の相殺(オフセット)戦略」と総称され、現在の国防総省が掲げる戦略の中核を占める概念の一つとなっている。
「第3の相殺戦略」が何を意味するのかを辿るには、これまで米国が冷戦期に掲げてきた第1、第2の相殺戦略のあらましを知る必要がある。「第1の相殺戦略」は、1950年代にアイゼンハワー政権で推進された「ニュールック戦略」であり、東西冷戦の下で東側の通常戦力の優位を「相殺」するために、核兵器による大量報復で抑止を図ろうとしたものである。
「第2の相殺戦略」は、70年代にソ連の核兵器の大量配備で東西の核戦力がバランスする一方で、依然として東側が通常戦力における優位を維持していた戦略環境から生み出された。米国はステルス技術や戦闘管理のネットワーク化などで、東側の優位を「相殺」したのである。いずれの戦略も、戦力規模や兵力構成を同じ土俵で競うのではなく、特定分野の技術や作戦構想の革新で米国の優位性を長期的に担保するという発想に基づいていた。
翻って現代の「第3の相殺戦略」が対象とするのは、伝統的な作戦領域における米国の優位性が自明ではなく、米軍の戦力投射に対する接近阻止・領域拒否(A2/AD)が拡大する戦略環境である。この厳しさを増す戦略環境の中でも、先端軍事技術による優位性を維持し、米軍の作戦アクセスを確保することが同戦略の目標となる。
具体的には、無人機(攻撃機・潜水機)による作戦の展開、海中戦闘能力、長距離攻撃能力、ステルス性兵器の開発、伝統的戦力と新たな技術を結び付ける統合エンジニアリングの重要性などが提唱され、国防総省では同構想のレビューやシミュレーションが続けられている。
しかし以上のような新技術の開発がどこまで伝統的戦力を「相殺」できるのか、米国が独占的に技術開発の優位を長期に維持できるのか、また米軍の前方展開兵力はどう位置づけられるのか。米国の軍事的優位性の維持にはかくも困難な道が控えているのである。