コラム  エネルギー・環境  2016.01.29

中国の次世代原子力技術開発と海外展開の動き

 1月21日の朝、一つのWNN(World Nuclear News)ニュースが、国内の原子力業界に衝撃を与えた。その内容は、中国核工業建設集団(China Nuclear Engineering Corporation:CNEC)とサウジアラビアのキング・アブドッラー原子力・再生可能エネルギー都市(King Abdullah City for Atomic and Renewable Energy: KA-CARE)が、KA-CAREに高温ガス炉を建設することについてメモランダムを締結したことである。

 高温ガス炉は、次世代原子炉の一つとして、高い安全性と幅広い用途により、特に福島第一原発事故以来、注目されてきた。炉心溶融や放射性物質の漏れがなく、廃棄物が少なく、出口温度が高いため、発電効率の向上に繋がる。また、産業用プロセスヒートの供給や水素製造、海水淡水化等幅広く適用できる利点があり、一昨年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画に、国際協力の下で研究開発を推進すると明記された。

 日本における試験炉までの技術開発は、世界をリードしてきた。しかし、中国や米国、韓国が試験炉の次の段階である実証炉の建設、計画、検討を進めていた状況を踏まえて、専門家は「技術は既に確立している。日本も早く実用化を進めないと、海外勢に追い越されて、国際展開に遅れをとる恐れがある」と警鐘を鳴らしていた。今回の出来事で、まさにその恐れが現実になった。

 奇しくも、今回の高温ガス炉建設に関するメモランダムは、習近平国家主席のサウジアラビア訪問に伴う14件のメモランダムの一つである。数年前、UAEの原子力発電所プロジェクトの受注競争の際に、当時の李明博大統領のトップ営業により韓国企業の受注が決まったことを想起すると、国際競争は国主導でなければ勝てないという議論になろう。

 ただ、筆者が注目しているのは、中国における高温ガス炉の研究開発プロセスである。日本と同様、中国の原子力エネルギー利用も、技術導入から始まった。1980年代に、次世代原子力の自主開発について、技術選定が行われた。高温ガス炉は、大型化に難点があるなどの理由で、産業界の研究開発の主流に乗れなかった。選定にかかわった当時の科学技術部の関係者によると、「面白いコンセプトで、将来性があるかもしれない」ため、国家プロジェクトとして、清華大学が研究開発を担うことになった。その後、地道な研究開発を経て、試験炉の建設を1995年に開始し、2000年に初臨界、2003年に運転を開始した。このプロセスは、日本に遅れをとりながらも、似たような道を踏んできた。

 一気に火がつき、スピードアップしてきたきっかけは、産業界の参入だった。2004年に、電力大手の華能集団と原発建設大手CNECが、研究開発者の清華大学と手を組んで、実証炉プロジェクトを計画し、2006年に国家科学技術重大プロジェクトに認定された。いくつかの技術課題が解決され、2011年に建設許可を得て、福島事故の影響で2年弱の中断はあったが、2017年の運転に向けて2012年末に建設が開始された。参入した2社とも国有企業なので、民間主導とは言えないが、産学連携の成功例であろう。しかも、実用化と海外展開を進めているのは、今回のメモランダムの中国側主体であるCNECである。

 日本は次世代原子炉研究開発を、官主導の国家プロジェクト方式から、逸早く官民協力、産官学連携方式に転換しなければ、ある一件の国際競争プロジェクトのみならず、これまで保ってきた世界最高の技術水準も、追い越される恐れがある。