コラム  国際交流  2016.01.12

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第81号(2016年1月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 謹賀新年。年初にあたり、微力ながらも出来るだけ正確で有益な情報の提供を目指し、一層努力したいと考えている。昨年末、「2016年はシェイクスピア没後400周年!!」と嬉しそうに語る友人達がいるケンブリッジ大学を訪れ、彼等の研究会に参加した。同大学内に12月に設立された研究所(Centre for the Future of Intelligence)は、仲間内では既に話題となっている--オックスフォード大学のMartin SchoolやICL (Imperial College of London)、更にはスチュアート・ラッセル教授率いるカリフォルニア大学バークレー校と協力し、研究ネットワークをグローバルに形成するとのこと。そして同研究所の所長には数学と哲学の天才、ヒュー・プライス哲学科教授が就任した。プライス教授等が米国の若きホープ、ピーター・アビール氏、更にはMITのCSAIL (Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory)等の研究者と生み出す成果を友人達と期待を込めて語り合った。

 出張先のロンドンでは、山本五十六提督等の日本の代表団が、1930年軍縮会議・1934年軍縮予備交渉の時に宿泊したグロヴナー・ハウスで、歴史に詳しい英国の友人達と西太平洋の状況を語り合った。彼等は、「ジュン、今の中国海軍(PLA Navy(PLAN))は、1939年の大日本帝国海軍の行動を学んでいるのかな? 昔は欧米諸国も関心が高く、冷戦時の"フルダ・ギャップ(Fulda Gap)"と同じ様な懸念を抱いたが、今度はそうとは限らない。現在、我々は欧州域内の経済と難民の問題で忙しいから...」と不可思議な微笑みを浮かべながら筆者に語りかけた。

 1939年4月、日本帝国海軍は南シナ海の制海権を念頭に南沙諸島(the Spratly Islands)の太平島を要塞化する。このため当時、フィリピンを領有する米国、シンガポールを拠点とする英国、ベトナムを支配していたフランスは、対応を迫られることとなり、①仏国によるカムラン湾防衛の強化、②英米両国による軍事的協力の検討、③ルーズヴェルト大統領によるグアム島の新防衛計画を誘引する。皮肉なことに、ちょうどその時、ワシントンで2月末に客死した斎藤博前駐米大使の遺灰とその遺灰を見守る役目の"Kitty"こと北沢直吉一等書記官を乗せた米国の最新鋭重巡洋艦「アストリア」が日本に向かっていた。生前、大使は日米友好に尽力しただけに、3月18日の「アストリア」の米国出発直前までは日米関係の好転が期待されていたのだ。しかし、出発直前の15日に日本の同盟国ドイツがチェコを占領し、加えて日本が南沙諸島を要塞化したため、日独両国と英米仏3ヵ国との対立が一層顕著になり、周知の通り、世界は悲劇的な大戦に突入する(詳細については、例えば米国の歴史学者ディングマン教授の「さらば米日友好関係 ("Farewell to Friendship")」, Diplomatic History, 1986を参照)。

 パリでは、尊敬する鈴木庸一駐仏大使に筆者が現在取り組んでいる日本の再活性化についてご報告し、友人達と独仏間の競争力格差(特にドイツの„Industrie 4.0"とその仏国版)について議論した。そして、彼等と「技術的及び社会的イノベーションの共進化(coévolution des innovations technologiques et sociologiques)」を真剣に検討することが必要、と語り合った。そして対話の中で次の坂村健東京大学教授の言葉を引用した次第だ。

 スケールの大きいサービスをつくるには、全世界をつなぐような発想、アイデアが欠かせない。... 自動運転車で事故が起きたときの責任を社会としてどう受け入れるか。人工知能(AI)と人間の関係はどうあるべきか。そうした哲学的な議論も避けられない。イノベーションを起こすには、技術だけでなく、制度やものの考え方といった文系的な力も重要だ。 (「日の丸IT、復権できるか OS『トロン』開発の坂村教授に聞く」 (11月22日付『日本経済新聞』))

 今年も友人達と、AIの社会的適用可能性を巡り、ゲーデルの不完全性定理等を屈託なく語り合う機会を楽しみにしている。そして今後は、多くの日本の若者をそうした機会に招き入れたいと考えている。


全文を読む

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第81号(2016年1月)