メディア掲載  外交・安全保障  2015.12.03

現状維持・現状変更 -主要国の「定義」 新興国は不満-

読売新聞2015年11月30日に掲載

 中国の海洋進出をめぐる議論のなかで「力による現状変更」や「一方的な現状変更」を許さないという方針は、日本外交の既定路線として位置づけられてきた。本年6月にドイツ・エルマウで開催された先進国首脳会議(G7)で採択された宣言においても、中国による南シナ海における大規模な埋め立てを念頭に「現状の変更を試みるいかなる一方的行動にも強く反対する」ことが謳われている。

 国際システムにおける「現状」(Status-quo)とは、国境の画定、2国間・多国間で形成された合意や規範、現存する国際法や国際制度・規範などを広く包摂する概念である。これを大きく分類すると、領土と主権に関する現状、国際法・条約・協定や地域枠組みなどの制度に関する現状、及び安全保障や自由貿易の秩序をめぐる望ましい力の分配、規範や行動に関する現状などがある。

 「現状維持」が重要であるとされる理由は、国際システムが概ね良好な状態にあると見なし、平和の維持とルールに基づく競争を担保し、国家の行動に予測可能性をもたらすからだ。

 では「現状変更」とは何を意味する言葉なのか。そのもっとも典型的な例は国際法に基づかない軍事行動による侵略など、領土や主権を一方的に侵害する行為である。しかしより俯瞰した視点でみると、主要国が固定化した「現状」の維持に新興国が満足せず、「現状」の否定・対抗・無視などの行為や、再解釈などを通じて新しい「現状」をつくったり、新たな組織や規範を形成したりする行為も広義の「現状変更」として捉えられる。

 現代のダイナミックに変化する国際関係のなかで「現状」の定義は揺さぶられつつある。中国を中心とする新興国の台頭は、主要先進国との力の配分を大きく変化させている。G7がG20と併存するようになったこと、新興国が主導するBRICS銀行やAIIBなどの新たな金融メカニズムが誕生したことは典型的な例である。重要なことは、国際システムのパワーバランスの変化に応じた「現状」を平和裏に再構築することであり、失敗すれば不満勢力が「力による現状変更」をもたらす誘因となりかねない。

 厄介なことにロシアのクリミア併合、中国による南シナ海人工島の造成のように、一度形成された「現状」を元の「現状」に戻すことは至難である。国際社会は刻々と変化する「現状」の参照基準点を変更して、新たな「現状」を甘んじて定義せざるを得ない。ここでも重要なのは、力の配分の変化に応じた「現状」をどのように再構築できるのかという政策課題である。

 「力による現状変更を許さない」という方針は引き続き堅持されるべきであろう。同時に21世紀の国際システムにおける「現状」が何を意味するのか、我々には深い洞察力が必要とされる。