メディア掲載  財政・社会保障制度  2015.11.25

公共政策を考える -人口減少下での政治 2-

日本経済新聞2015年11月3日-11月6日掲載
(6) 予算管理は中長期で

 少子高齢化が急速に進む日本では、「世代間公平」と「財政の持続可能性」を同時に達成する財政運営が求められています。しかし、現行の予算編成の仕組みは、財政の持続可能性のみに議論が集中する傾向が強くなっています。

 原因の一つは、財政が「単年度」という極めて狭い時間的視野で運営されていることにあります。もう一つの原因は、現在の財政が個人の生涯で政府に支払う負担と、政府から得る受益の「時間差」を考慮していないことにあります。

 治安や国防といった政府消費や、ダムや道路などの社会資本形成に向けた政府投資から得る受益と、税金などの負担は、どの年代も若干の変動はありますが同程度です。個人が生涯を通じて得る受益と負担の時間差は小さいといえます。一方、年金・医療・介護といった社会保障は、保険料などを負担してから、給付を受けるまでの時間差が大きいといえます。

 現在は、時間的なズレが大きい「社会保障予算」と、時間差が小さい「それ以外の予算」を一緒に単年度で管理しています。そのため、膨張する社会保障予算を抑える「財政の持続可能性」に気を取られ、「世代間格差」の是正に目を向ける余裕がなくなってしまいます。

 これを解決するには、各世代の生涯での負担を把握する「世代会計」を今の予算編成に組み込むことが必要です。その上で、社会保障予算とそれ以外の予算を厳格に区分し、改革の核である社会保障予算については「単年度」ではなく、「中長期」で管理することが必要でしょう。

 もう一つの手段が、世代会計を参考に数年間の歳出枠を定める「マクロ予算フレーム」です。例えば、世代会計や内閣府が推計した慎重な将来の経済見通しなどを参考に、今後3~5年程度の歳出枠を政治主導で決めます。その上で、各省庁が予算を効率的に使っているかどうかを国会が監視する仕組みを設ければよいのです。



(7) インフラ更新にも影響

 人口減少や地方消滅が進む今後は、公共インフラを含む「資本蓄積」の維持更新の選別基準にも長期的な視点が不可欠になります。

 日本では1950~60年代に本格的な公共インフラ整備が始まりました。それらが耐用年数の50年を過ぎた2010年ころから、老朽化が急速に顕在化し始めています。2012年には、中央自動車道の笹子トンネルで崩落事故が起こりました。米国も80年代に公共インフラの老朽化に直面し、橋が落ちるなどの事故が起きました。

 公共インフラの維持更新を進めていく際、人口減少との関係で、将来推計人口の分布や「地理情報システム(GIS)」などを活用した空間的な立地選択の重要性はいうまでもありません。さらに、投資の「時間的な視野」を考えることが必要です。

 一般的に公共インフラの最適な供給量は、人口増減率で異なります。議論を単純化するため、人口1単位当たりの最適なインフラ供給量を1とし、人口が50年間で100から160まで増加する場合と、人口が50年間で100から40まで減少する場合を考えましょう。

 このとき、人口100の時点で100のインフラ供給をしても、人口が増加する場合、人口160の時点で160のインフラが必要なことから、100の供給は無駄になりません。しかし、人口が減少すると、人口40の時点で40のインフラしか必要でないため、60のインフラ供給が無駄になってしまいます。時間的な視野として、インフラのライフサイクルコストも考慮する必要があります。

 日本が競争力を維持するには、中長期的に利用される可能性が低い公共インフラの維持更新への投資は抑制し、利用の可能性が高い都市部などのインフラを強化するのが効率的です。しかし、政治的な調整は容易ではありません。その合意を図るためにも、客観的データに基づいた公共インフラの選別基準づくりを急ぐべきでしょう。



(8) 高齢世代が影響力持つ

 日本のようにすさまじいスピードで少子高齢化が進む中での、民主主義は人類史上初めての経験でしょう。多くの先進国でも、全有権者に占める引退世代の割合は上昇することが確実です。一人ひとりが利己的に行動し、死ぬまでに貯蓄を使い切ろうとする「ライフサイクル仮説」に従うと、政治的意思決定の時間的視野はより狭くなります。

 こうした引退世代の強い影響力に応じ、政治家が引退世代の効用を最大化するように行動することを「シルバー民主主義」仮説といいます。近年の政府債務残高の膨張や、世代間格差の是正が進まない理由の一つを、この仮説に求める場合があります。

 政治経済学で有名な「中位投票者定理」という理論でも、政策は中位の選好をもつ有権者(現在の日本では中高年世代)の意向を反映しやすいとされています。このような考え方が生じる理由は、人口構成をみれば一目瞭然です。選挙権をもたない20歳未満も含め、2015年時点における日本人の「中位年齢」は約47歳です。つまり47歳以上が、人口の過半数を占めているのです。多数決を取った場合、どちらの年代に有利になるかは明らかに思えます。

 ただ、シルバー民主主義が本当に存在するか否かは明らかではありません。筆者は総合研究開発機構の島沢諭・主任研究員(当時)らと共に、高齢化の進行が高齢者の政治的影響力を高めるのか00~10年のデータをもとに検証しました。その結果、所得や歳出、景気、政治的要因を考慮しても、中位年齢の上昇とともに老人福祉費が上昇することを確認しました。

 シルバー民主主義仮説の妥当性については慎重な判断が必要ですが、相対的に強い政治力を持つ老齢世代が、意識的か無意識的かにかかわらず、若い世代や選挙権を持たない将来世代に過重な負担を押し付けている可能性は十分にあります。これは「政府の失敗」ひいては「民主主義の失敗」の一例といえるのではないでしょうか。



(9) 「世代」切り口に選挙改革

 2025年には50歳以上の有権者が全有権者に占める割合は6割に達する勢いです。このままでは政治的意思決定の時間的視野はさらに狭くなる可能性があります。是正の鍵を握るのは選挙制度です。

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 スペインの哲学者のホセ・オルテガ・イ・ガセットは名著「大衆の反逆」において「民主主義は、その形式や発達程度とは無関係に、一つのとるにたりない技術的細目にその健全さを左右される。その細目とは選挙の手続きである。それ以外のことは二次的である。もし選挙制度が適切で、現実に合致していれば、なにもかもうまくいく」と述べています。

 選挙制度改革では、都市部と地方との間に存在する「1票の格差是正」などが頻繁に議論されています。急速に少子高齢化が進展する中でさらに検討が必要なテーマは「政治的意思決定の時間的視野を広くする選挙制度」です。

 具体的には、世代間の政治力を均衡させるための「世代別選挙区制」があります。有権者の人口構成比に応じて世代ごとに議員の議席数を配分する方法です。子供に選挙権を付与した上で親が代理で投票する「ドメイン投票制」や、世代別選挙区の拡張で各世代の平均余命に応じて世代ごとに議席数を配分する「余命投票制」といった新しい選挙制度も提唱されています。

 超高齢化社会が到来するのはこれからであり、財政・社会保障の抜本改革が不可欠です。その意思決定の土台となる民主主義のあり方についても、選挙権のない将来世代の利益を含め、今から議論を深めておく必要があります。




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