メディア掲載  国際交流  2015.10.23

経済失速は大きな誤解、今こそ中国ビジネスの好機 -アベノミクス「新第4の矢」は、チャイナノミクスで-

JBpressに掲載(2015年10月21日付)
1.日中関係は着実に改善している

 昨(2014)年11月、APEC(アジア太平洋経済協力)開催中の北京で第1回の安倍晋三総理・習近平主席の首脳会談が行われた時には、習近平主席のそっぽを向いた仏頂面の挨拶が有名になった。

 しかし、今年4月のジャカルタでの第2回安倍・習会談では互いににこやかに30分間面談することができた。

 それ以後、5月には自民党の二階俊博総務会長を団長とする3000人訪中団に対する習近平主席自身による大歓迎、7月には谷内正太郎国家安全保障局長の北京訪問時に李克強総理との面談が実現するなど、中国側の対日外交姿勢は明らかに融和方向に転じている。

 そして、日中関係において今年最大の懸念材料だった、8月15日の終戦70年総理談話と9月3日の中国の抗日戦争勝利70周年記念軍事パレードも何とか平穏に終わり、日中関係は引き続き改善方向へと進んでいる。

 2010年9月の漁船衝突事件以降、両国間の反感が一段と強まり、過去最悪の状況を招いた2012年9月の尖閣諸島領有権問題を巡る対立を挟んで、日中関係悪化が経済活動にも暗い影を落としていた。

 それが今年になって、ようやく薄日が差す状況にまで回復してきたのは、両国にとって好ましい変化である。

 中国側の対日外交姿勢が融和方向に変化した背景には、第1に、中国経済の減速が続く中、日本企業の対中投資拡大を期待していること、第2に、米中関係が悪化する状況下、日本まで敵に回して中国が孤立することを回避したいと考えていることなどが影響していると見られている。

 こうした背景を考慮すれば、当面は日中関係の改善が続く可能性が高いと考えられる。



2.中国経済は安定を維持し、国内市場は拡大持続

 以上のように日中関係の改善が明らかになれば、多くの日本企業がビジネスチャンスと考えて、中国市場の開拓に走ってもいいはずである。

 しかし、実際の動きは鈍く、上海、武漢、重慶といった限られた地域で日本企業の投資姿勢積極化の事例が見られるにとどまっている。

 その理由は、6月の上海株式市場の暴落、8月の人民元レート基準値算定方式の変更に伴う人民元安、それが招いた世界の為替・株式市場の乱高下などを見た日本企業が、中国経済自体が不安定化していると思い込んで、中国ビジネスに対する姿勢を慎重化させたことが影響していると考えられる。

 実際には中国の実体経済の状況は悪くないということは前回の拙稿「市場が動揺するほど悪くない中国経済~8月は回復傾向、経済データもようやく世界標準に一歩前進」で詳しく述べた通りである。10月19日に公表された9月の統計データを見ても、生産の指標がやや弱めではあるが、消費が引き続き堅調に推移しており、その見方を修正する必要はないことが確認できた。

 10年前であれば、対中投資ブームが続く中、大企業から中小企業まで多くの経営者が頻繁に中国に足を運んでいたため、中国経済の実態を直接自分の目で見て肌で感じて理解できていた企業が多かった。

 しかし、2010年以降、両国関係が一段と悪化し、日中両国民とも相手国に対する反感を強めたため、日本企業の経営者が中国に行く頻度は大幅に低下した。

 現地に足を運ばず、偏った悲観論ばかり伝える日本のメディア報道を通じて中国経済を判断すれば、前向きの姿勢で中国ビジネスに取り組む気持ちが出て来ないのは当然である。

 しかし、実際の中国経済は日本のメディア報道とは大きく異なる。武漢、重慶、成都、西安などを訪問すれば、すぐにそれが大きな誤解であることに気づくはずだ。市街地の至る所でマンション、オフィスビル、商業施設、地下鉄などの建設工事が続いており、高度成長の活力を実感できる。

 すでに高度成長のピークを過ぎた北京、上海、広州などの沿海部主要都市ですら、日米欧に比べればかなりの好景気である。

 今年は日中関係も少しずつ良くなってきているので、久しぶりに中国にでも出張してみるかと思う経営者が増えてくれば、この現実の姿を認識するはずだ。



3.中国人の爆買い日本ツアー激増が物語るビジネスチャンス

 6月に株価が暴落した後、多くのエコノミストや経営者などは昨年から激増している中国人旅行客の爆買いが止まってしまうのではないかと心配していた。8月に人民元が数パーセント切り下がっただけで世界の金融市場が乱高下した際にも、同様の懸念を抱いた人が少なからずいた。

 しかし、蓋を開けてみれば、日本を訪問する中国人旅行客は減少するどころか、むしろ増加の勢いが一段と増している。

 今年1~5月の中国人訪日客数は171.6万人、前年比2.1倍だったが、株価暴落後の6~8月の3か月累計では同163.1万人、同2.3倍とさらに高い伸びを示している。10月1~7日の国慶節の連休中もその勢いは変わっていないと聞く。

 先日、久しぶりに銀座4丁目の交差点付近を散歩していたら、以前はなかった場所にグッチ、ディオールなどの高級ブランド店が軒を並べているのを見て、中国人を中心とする外国人旅行客による購買力の影響を改めて実感した。

 この中国人爆買い日本ツアーの激増は何を意味しているのかを考えてみると、中国国内市場でも日本製品需要が急増していることは容易に想像がつく。

 しかも、爆買いのために日本に来ているのはほんの一握りの中国人に過ぎない。中国人旅行客の爆買い現象は中国国内の巨大な日本製品需要の氷山の一角なのである。

 今年に入って、中国の電子商取引(Eコマース、以下ECと略)において日本製品の取り扱いが急増していると言われている。これも日本製品に対する需要急増を示している。無印良品、ピジョン、ユニクロなど実店舗での中国国内販売も好調を持続している。

 こうした日本製品需要の高い伸びの背景は、中国人の所得水準の上昇に伴う、嗜好の高度化にある。

 中国の成長率は緩やかに鈍化しているが、日本企業の製品・サービスを日常的に購入したいと考える、1人当たりGDP(国内総生産)が1万ドル以上の都市部中間層の人口は、2010年1億人、2013年3億人と増加し、2020年には7~8億人へと急増が続く見通しである。

 この中間層の急増こそが日本製品需要を支えている。それを考慮すれば、中国人の爆買い日本ツアーの急増が続いているのも至極当然である。



4.今年は日本車の販売も好調

 日本企業の対中ビジネスの約半分は自動車関連と言われている。今年はその中核に位置する完成車メーカーの自動車販売も好調である。

 中国市場全体の新車販売台数は、昨年まで比較的順調な増加が続いていたが、今年は1~9月累計で前年比+0.3%(データソースはマークラインズ、以下同様)とほぼ前年並みで推移している。

 1~9月の国別ブランドの乗用車販売シェア(工場出荷台数)を見ると、中国が前年比+11.7%、日本が同+7.0%と業績を伸ばしているのに対して、ドイツ同-4.5%、米国同-3.2%、韓国同-11.5%、フランス同-3.6%と主要国は日本以外すべてマイナスの伸びを示している。

 日本車メーカー別に見ると、1~9月累計の販売台数は、日産自動車は前年比+1.8%と低い伸びにとどまっているが、トヨタ自動車、ホンダ、マツダはいずれも2ケタの伸びを示しており、その勢いは明らかだ。

 今後を展望すれば、中国市場トップシェアのフォルクスワーゲン(2014年の販売台数は370万台弱と日産<122万台>、トヨタ<103万台>の3倍以上)がディーゼル車問題でブランド力の低下を余儀なくされる。これが日本車販売にとっては追い風となるため、今後の日本車の業績拡大が期待できる。

 以上のような中国人旅行客の爆買い、生活用品や自動車販売の好調など、日本企業の業績好調を素直に受け止めれば、中国国内で急増する日本製品需要を開拓するチャンスが到来しているのは明らかだ。



5.アベノミクス「新第4の矢」はチャイナノミクス

 先日、安倍総理はアベノミクスの新3本の矢として、強い経済(GDP目標600兆円)、子育て支援、安心につながる社会保障の構築という3施策を発表した。しかし、いずれも即効性に乏しく、評判は芳しいとは言えない。

 その一方で、政府内で法人税の引き下げ幅拡大を検討する動きが見られているのは朗報である。早期に25%以下にまで引き下げれば、アジア諸国などに比べて日本の不利な投資環境が改善され、日本国内の投資が促進される可能性が高い。

 筆者としてはこれもメニューに含む第4の矢としてチャイナノミクスを提案したい。その基本コンセプトは中国との協調発展の促進による日本経済の活性化である。

 具体的には、上記の法人税の25%以下への引き下げに加え、航空インフラの整備による交通の利便性の向上、そして日中両国によるビジネス環境改善プロジェクトを3本柱とすべきである。

 日中ビジネス環境改善プロジェクトには、日中韓FTA(自由貿易協定)の早期締結、中国における知的財産権の保護強化、訪日中国人旅行客受け入れのためのホテル、観光バス、バス運転手、通訳ガイド、航空便などの確保などが含まれる。

 これらの施策により日本企業が中国国内、および日本国内のインバウンドビジネスの両面において業績を伸ばせば、日本国内の雇用創出、投資拡大、税収増加などが生み出されるはずである。

 チャイナノミクスこそ即効性の高い日本経済復活のカギである。