コラム 外交・安全保障 2015.10.01
今般成立した平和安全保障法制の焦点のひとつは、国連平和維持活動(PKO)等の国際的な任務に日本がどのように関与するかであった。折しも、北アフリカ・中東地域では「アラブの春」以降秩序が混迷し、シリアやイラクではイスラム国(IS)の台頭を招き、さまざまな対立勢力間で凄惨な戦いが繰り広げられている。またヨーロッパ諸国では、これらの地域からの膨大な難民の流入への対応に苦慮するようになっている。このように、現代世界が直面する平和と秩序の問題の中核的課題のひとつは、これら溶融・崩壊する国家群にある。日本の『国家安全保障戦略』(2013年12月)や安全保障法制の整備を謳った閣議決定(2014年7月)には、「積極的平和主義」を掲げながら、国際社会が直面するこれらの課題に本格的に係る意思が表明されている。実際、平和安全保障法制で強調されてきた「安全保障環境の変化」と、それに対処する理念である積極的平和主義の射程には、これらの溶融・崩壊する国家群の立て直し(例えば国連PKOや平和活動、平和構築)が常に含まれてきた。しかしながら、平和安全保障法制を巡る議論では、これらの問題に焦点が当てられる機会は驚くほどに限られてきた。ともすれば、国会及びマスメディアの議論は、自衛隊の「駆け付け警護」と「任務遂行のための武器使用」、なかんずくそれが自衛隊員のリスクをどのように変化させるか、に集中していたといってよい。しかし、本来であれば、国際安全保障環境の変化とともに、現代のPKOがどのような位置付けにあるのか、そして日本は平和維持・平和構築にどのように関与すべきか、というマクロの視点が必要であったはずだ。以下では、平和安全保障法制の中でも特にPKO法改正の内容に焦点を当てて論じたい。
冷戦終結から25年を経た今日、国連PKOは中立・公平な立場に基づく停戦や軍の撤退等の監視といった伝統的な任務に加え、元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR: Disarmament, Demobilization and Reintegration)や治安部門改革(SSR: Security Sector Reform)、選挙、人権、法の支配等の分野での支援、政治プロセスの促進、紛争下の文民の保護など多くの分野での活動が国連PKOの任務とされてきている。この国連PKOの任務の拡大は、国連が国づくりを行ういわゆる平和構築活動としても知られている。こうした変化の中で、例えば市民や避難民を保護するために、「抑制的に」という限定つきではあるものの、国連PKO部隊が武力行使により妨害勢力を排除することも求められるようになってきた。こうした任務では、当然ながら伝統的任務よりも要員のリスクが高くなる。最近では、自国要員の命を懸けてまでPKOに取り組むインセンティブの薄い利害関係のない中立国よりも、PKOミッションの展開地域に直接的な利害関係を持つ周辺国や旧宗主国の方がこうした任務に係る機会が増してきた。一方、この場合でも、周辺国等が長期間駐留し続けることはコスト面からも現実的ではないため、できるだけ早期に、現地のできれば友好的な勢力に安定的統治を託そうとする傾向がある。国家の根幹である国民の保護や治安の維持を外国軍等が担っているという状況は本来的に一時的なものであるべきであり、その点からも短期駐留志向は望ましい傾向であろう。
いずれにしても国連PKOは、紛争をなくして安定的な国家システムを現地に作り出し、また自らの撤収を可能とするために、(1)強制措置と(2)国家建設・復興支援に任務を拡大してきた。
このようにみると、中立・公平原則や当事者間の停戦合意など、1990年代初頭に定められたPKO五原則が据え置かれたままの改正PKO法は、今や「古めかしい」と言わざるを得ない。日本にとって「駆け付け警護」は大きな一歩かもしれないが、それは何らかの新しい価値を国連PKOにもたらすものではない。他方、残念ながら国会等での議論は決して多くはなかったが、改正PKO法は(1)強制措置のみならず、(2)国家建設・復興支援にも対応を行っている。少々粗い整理にはなるが、ここで改正PKO法の対応のポイントを以下の通り挙げておく。
(1)強制措置
住民・被災民の保護のための巡回や警護(文民保護)と、他国軍要員を含めた関係者の緊急の要請に応じて行う生命及び身体の保護(駆け付け警護)を任務に追加。
(2)国家建設・復興支援
刑務所の運営に関する助言・指導・監視、立法・行政・司法事務についての助言・指導、国防組織の設立や再建、さらにそれらに必要な教育訓練が任務に追加。また、規定される様々な業務の企画・立案と、そのための調整・情報収集も、実施可能とされている。
※このほかにも、自衛官を国連PKOの司令官として派遣することなども新たなに規定された。
国連PKOの変化への対応という観点から整理してみると、国会等での審議過程では上記(1)のみが話題になり、(2)が注目される機会はほぼなかった。しかし、(2)の活動は日本が「平和の定着+国づくり」と規定する平和構築活動そのものであり、これまで原則として国連平和維持軍の後方支援に活動を限っていた自衛隊の取り組みを、質的にも拡大する根拠となる重要な任務の追加でもある。一例を挙げれば、「国防組織の設立や再建」とは、単に組織を作るに留まらず、紛争地ではしばしば権力者が国民を抑圧する手段となってきた軍隊や治安機関を、国民を守る手段へと作り変えていく作業に他ならない。この際には、戦いに明け暮れ、武力と指導者への個人的忠誠が正義であった兵士たちを、戦いではなく法律と制度に従うように思考を変えるという活動まで含まれていくことになる。これは治安部門改革(SSR)と呼ばれる取り組みであり、例えば、日本がこれまで力を入れて支援してきた東ティモールでは、洪水に際し、元民兵によって構成される国軍に派遣命令が下されたことがある。この際、兵士たちは銃を持参したものの、スコップを持たずに現場に向かったという。シャナナ・グスマン大統領はこれについて、「命令されなくともスコップを持って行くような軍隊を作りたい」、と当時の日本大使に述べたという。このように、単なる制度作りだけでなく、「軍人の考え方を変える」ことをも含め、自衛隊の活動の余地と必要性は非常に大きいだろう。
また、現地での教育・訓練の実施という観点から改正PKO法は、今後の自衛隊の活動を検討する余地を広げるものである。その典型例が、政府開発援助(ODA)による支援やNGOの活動、さらに防衛省・自衛隊が近年開始した「途上国の軍等への能力構築支援」といった既存の制度・枠組みとのシームレスな取り組みである。こうした取り組みでは、自衛隊部隊の任務に「企画・立案や調整・情報収集」が任務に加えられたことが大きな意味を持ってくるだろう。すなわち、これまでは原則として国連PKO司令部から命令される作業を実施していた派遣部隊が、今後は自ら現地で業務のニーズを探すことに加えて、ニーズに基づいて業務を企画・立案する中で、上記のような他の制度・枠組みと自らの国連PKO活動とを組み合わせるための調整業務も可能となったのである。
そもそも国会等で議論されてきた「駆け付け警護」は、その対象が他国軍であれ、国連の文民職員やNGO職員であれ、自衛隊派遣の主目的ではない。また、改正国連PKO法において、武器使用や武力行使といった強制力の執行が主要課題となるのであれば、「駆け付け警護」は現在の平和活動の現実に全くそぐわないものである。まず問われるべきは、文民保護のため、また文民保護を含めた国連PKOの任務を実行するに際し妨害勢力を排除するために自衛隊は何をするのか、あるいはしないのか、でなければならない。したがって、(1)強制措置に焦点を当てた時、改正国連PKO法をめぐる議論は不十分である。他方、国会等の審議過程ではほぼ議論されることは無かったが、(2)国家建設・復興支援に焦点を当てれば、治安部門改革や復興支援、それらのための人材教育などの国づくり支援のように、改正PKO法整備により実施可能となった任務は多い。従来は「駆け付け警護」ばかりに焦点が当たっていたが、実際には改正PKO法により自衛隊の業務はより多様な方向に拡大している。その意味でも、今回の改正PKO法は歓迎すべき法改正であろう。同時に、これらの国づくりは自衛隊のみでやれるものでも、やるべきものでもない。前項で述べたように、重要なことは国際平和のために日本が取り得る様々な政策を全体のシステムの中で考えるということである。この観点からは、国連PKO派遣ではあるものの、国連側の命令に従うだけでなく、自ら案件を発掘し事業を作っていく法的根拠、いわば日本隊としての独自裁量を発揮できる法的根拠が改正PKO法によって整備されたことは、日本が自衛隊派遣にとどまらず、平和のためのさまざまな活動を形成する道を拓くものでもあろう。
この際に忘れてはならないのは、国連PKOの展開地域で最も暴力にさらされている最大の被害者は住民や避難民ということである。仮に建前であっても、国連PKOはそうした人々を守り、復興に向けた道筋をつけていくことが任務であり、また、そうした平和構築活動によって当該地域に秩序と安定を回復することは、国際社会そのものの秩序維持にも資するものである。この視点なくしては、自衛隊派遣を含め日本の取り組み実績を作ること自体が目的化した、「ためにする議論」に陥ることになる。
我々が基盤とする国家制度が、ISや破綻国家と比して望ましいと一般にみなされるのは、突き詰めてしまえば、人間一人ひとりの安全が保障され、抑圧や暴力にさらされずに生きることができるということである。国連PKOは、様々な問題や制約を抱えながらも、そのために取り組むものである。日本は、好むと好まざるとにかかわらず、こうした国家に基づく国際社会の中で生きる以上、そうした秩序と平和のために行動する必要がある。改正国連PKO法により、その実現に向けた第一歩が踏み出されたのかどうか、この点こそが改正PKO法の最も重要な論点ではないだろうか。「改正PKO法に基づく活動は、いかに現地の平和に寄与できるのか」、この視点に基づいてこれからの自衛隊によるPKO活動のあり方を考え、その具体的な取り組みを検証していくことが重要であろう。