コラム  国際交流  2015.08.13

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第76号(2015年8月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 7月初旬、チャイコフスキー国際コンクールの入賞者が発表され、グランプリ受賞者は声楽部門第1位のモンゴル人であった。特に声楽部門は上位がアジア系--モンゴル、中国、韓国と--の独占状態だ。モンゴル人の躍進に驚いたドイツの友人からメールが届いたが、筆者は「モンゴル人の活躍は日本では驚きでも何でもない。日本の国技であるSumo wrestlingの上位は常にモンゴル人の独占状態」と返信した次第だ。グローバル時代を迎えて、国籍に関係無く、優れた才能の持ち主が自らの得意分野で大活躍する時代--良かれ悪しかれ--が本格的に到来したのだ。そして今、秋に開催されるショパン国際ピアノ・コンクールでの日本人の活躍に期待している。

 小誌前号でロボットの開発におけるグローバル競争について簡単に触れた。筆者は現在、①研究開発における重点分野の選別、②研究組織・人材開発を中心とする経営戦略、③国家政策の再評価に関し、内外の知人・友人と意見交換を行っている。当然の如く、研究開発には①資金面の制約に加えて、②事業化に至るまでの厳しい時間的制約、更には③競争が激化した結果、過酷なまでに低下した成功確率等、高いハードルが幾つも存在する。例えば創薬は、病気に苦しむ人々を救うための重点分野の一つだが、その成功確率は、極めて低い--最近の資料によると創薬全体の成功確率--前臨床(preclinical)段階から上市(launch)までの確率--は4.1%。高齢化時代を迎えて注目されるアルツハイマー分野における確率は更に低く、0.5%となっている("What Does It Take to Produce a Breakthrough Drug?" Nature Reviews Drug Discovery, March 2015)。また上述した厳しい成功確率に直面して、米国における創薬活動のR&D生産性は1997年をピークとして漸次低下し、2011年にはその6分の1の水準にまで低下した。それ以降、企業側の経営努力もあり若干回復し、2014年には2011年のボトムから約2倍の水準にまで回復している("Improving R&D Productivity," Nature Reviews Drug Discovery, July 2015; 下の2のワシントンでの会合も参照)。これに関し①重点分野の早期選別、②意思決定の迅速化・効率化、③研究組織改編等が課題と考え、内外の研究者と更なる情報交換を進めている。また③に関してオープン・ネットワークが盛んに提唱されているが更に踏み込んだ議論が必要だ。即ち、研究の如何なる分野と開発段階で、如何なる人が、外部の人・組織との間でオープンな関係を築くのが良いのか(換言すれば、何もかもがオープンではなく選択的なオープン化が重要だ)。今、慧眼な諸兄姉から建設的批判を頂きたく研究成果をまとめている。

 筆者が客員教授を務める関西学院大学(関学)に加え、東京大学や大阪大学の学生さん達との意見交換の機会に恵まれた。筆者の責任とは、「若人の熱意と才能を如何に引き出すか」と考えているが、彼等の潜在能力は筆者の想像を超えており、日本の将来に関し明るい展望を抱いている。関学の学生さん達には、筆者からのメッセージとして、学んだばかりのロシア人作家ヴラジミール・コロレンコの言葉を贈ることにしている--「人間は幸福のために創造された。鳥が飛ぶために創造されたように。しかし、幸福は必ずしも人間のために創造されたものではない(Человек создан для счастья, как птица для полета, только счастье не всегда создано для него.)」、と。我々は、幸福になるために生まれた訳だが、その幸福--平和と繁栄--実現のためには努力と工夫が不可欠なのだ。


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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第76号(2015年8月)