コラム  財政・社会保障制度  2015.08.12

米国出張で得た示唆

 6月27日から7月4日の期間、米国へ出張した。目的は、社会福祉法人聖隷福祉事業団(本部所在地:静岡県浜松市)とSentara Healthcare(本部所在地バージニア州ノーフォーク。以下センタラと略す)のトップ会談に随行することとワシントンDCにある医療業界団体Alliance of Community Health Plans(以下ACHP)を訪問することであった。

 聖隷福祉事業団は、事業規模で恩賜財団済生会(2014年度収入額5,935億円)に次ぐわが国第2位(同1,047億円)の社会福祉法人である。筆者は、各国でセーフティネット機能を果たしている非営利医療介護福祉事業体の比較研究をしており、わが国の代表例である聖隷福祉事業団の事業構造と経営戦略に長年注目してきた。また理事長の山本敏博氏には、本年7月に出版した『医療・介護改革の深層』(日本医療企画)の冒頭の特別インタビューにご登場頂いたことに加え、9月2日開催のCIGSシンポジウム「2015年医療・福祉法人制度改革について」にパネリストとしてご参加頂くこととなった。シンポジウムのテーマは、2015年医療法・社会福祉法改正の目玉となっている非営利医療介護福祉事業体の経営形態とガバナンスである。シンポジウムでの議論を深めるためには山本理事長に米国の非営利医療介護福祉事業体トップと意見交換して頂くことが有益と考えていたところ、米国視察を企画なさっておられると聞き、訪問先としてセンタラを推挙させて頂いたというしだいである。

 一方センタラは、米国に約500あるIntegrated Healthcare Network(統合ヘルスケアネットワーク、略称IHN)と呼ばれる非営利医療介護福祉事業体の中で最も経営能力が高いと評価されている組織である。その経営形態は、安倍総理が2014年1月のダボス会議(毎年1月スイスの保養地ダボスで開催される世界経済フォーラム)で言及なさった非営利ホールディングカンパニーである。筆者がセンタラを初めて訪問したのは2002年。以来、毎年1~2回訪問し、人口200万人を超える広域医療圏で包括ケアを提供するノウハウが進化する過程を観察し続けてきた。ちなみに、センタラの2014年12月期収入額は47億ドル(約5,800億円)である。

 今回の米国出張では幾つかのハプニングに遭遇した。まず、航空会社再編の影響でダレス空港⇒ノーフォーク空港乗継便がなくなったため、6月27日(土)にワシントンDC到着後1泊してから翌28日(日)にレーガン・ナショナル空港からノーフォークに向かうことにしていたが、移動の当日、竜巻の異常発生のためにノーフォーク空港行きが全便キャンセルされたのである。聖隷福祉事業団の方々とは現地集合であったため、もし29日(月)も飛行機が飛べないようであれば、約4時間かけて車で行くしかないと覚悟を決めざるを得なかった。

 幸いにも29日(月)に飛行機が飛んだので午後1時頃にノーフォークのホテルにチェックインすることができた。ノーフォークは世界最大の海軍基地であり、1853年に来航したペリー提督の黒船は1852年11月にこの港から出発したものである。また、市内中心部にマッカーサー元帥夫妻の墓を兼ねたマッカーサー博物館があり、太平洋戦争の資料がたくさん展示されているという意味でも、日本と縁の深い所である。ホテルから徒歩5分の海軍博物館には、戦艦大和と同じサイズの戦艦ウィスコンシンが展示されて観光客で賑わっている。昼食のため海軍博物館のカフェに向かって歩き始めたところ、乗用車が筆者に近づいて停車した。そして、7月1日(水)に山本理事長とトップ会談をしてもらう予定のセンタラのCEOディビッド・バーン氏が「ユキ、何処へ行くのだ」と言って車から出てきた。バーン氏は、大学卒業後すぐにセンタラの中核病院に就職、46歳だった1995年にCEOに就任、2004年には米国病院協会長を務めた米国医療界の重鎮である。カフェに行く途中であることを伝えると、「これから親しい友人たちと会食するので一緒に来ないか」と誘われた。

 会食場所は、新しくできたノーフォーク世界貿易センタービル内のレストランであった。修理のためドックに入っている様々な軍用艦が一望できる絶景に位置していた。筆者が参加したことで、最初の話題はセンタラと筆者の関係になった。しかし驚いたことに、次の話題は中国の尖閣諸島と南沙諸島への進出とアジア諸国の対応であった。米国でも中国の動きが頻繁にニュースになっている様子だった。そして最後の話題は「仮に世界女子サッカー決勝が日米になった場合どちらが勝つか」であった。

 この昼食会の後ホテルに戻り聖隷福祉事業団の方々5名と合流した。そして翌30日(火)に、重度介護施設、ホスピス、プリンセス・アン病院医療キャンパス、集中物流センター、中核病院ノーフォークジェネラルの視察を行い、本番である7月1日(水)のトップ会談に臨んだ。

 初めに聖隷福祉事業団から沿革、経営理念、高度急性期から介護、在宅ケア、障害者福祉、健康診断など地域住民が必要とする全てのケアサービスを提供している事業構造、ガバナンスの仕組み、財務データを説明した。センタラ側からの最初のコメントは、筆者の予想どおり「ほとんど自分たちと同じ」であった。これは、2015年医療法・社会福祉法改正で進められる医療・福祉制度改革を理解する上で非常に重要なポイントである。筆者は2002年に『人口半減:日本経済の活路』(東洋経済新報社)を出版して以来一貫してセーフティネット事業体の経営形態としてIHNを提唱してきた。しかし、未だに医療政策専門家を自称する方々から「IHNは米国特有であり日本では無理」という反論を受けている。しかし、規模の大小はあってもIHN類似事業体は既に日本にも多数存在するのであり、そのような事業体ほど経営が安定しているのである。

 トップ会談後ワシントンDCに移動し、2日(木)に保険と医療介護事業体が連結している地域包括ケア事業体の業界団体ACHPを訪問した。メインテーマは経営形態とガバナンスであったが、筆者が一番知りたかった「予防により被保険者全体の健康状態が向上し医療費が下がった場合、節約された医療費の何%を開業医等に還元しているのか」という質問をぶつけたところ、ニューヨーク州バッファローのIHNであるIndependent HealthのCEOクロップ博士の回答は「65%」であった。これは、予防に協力した医師や病院に対するインセンティブの仕組み抜きで進められているわが国のデータヘルス計画に大きな示唆を与える事実である。