米スタンフォード大学アジア太平洋研究センターの星岳雄教授は、長年来の尊敬すべき友人で、たいへんアイデア豊かな経済学者である。彼は最近、同僚のダニエル・スナイダー氏とともに、興味深くかつ重要な試みを行った。スタンフォード大学の同僚研究者たちに、仮に自分が日本の首相であるとしたら戦後70年談話で何を語るかを書いてもらうという試みである。
この挑戦的な依頼に応じたのは星教授自身を含めた8人で、彼以外は外国人の研究者(アルベルト・ディアスカイエロス、ピーター・ドウス、トーマス・フィンガー、デビッド・ホロウェー、イ・ヨンサク、ヘンリー・ローウェン、ダニエル・スナイダー、敬称略)であった。専門は経済、政治、外交・安全保障、歴史などの分野にわたっている。
依頼にあたって、執筆者には次の三つの条件が課された。(1)談話が、日本が東アジアおよび世界でより強いリーダーシップを発揮することへの支持固めとなること(2)70年前に終わった戦争の意味に言及すること(3)英語で700語(戦後50年の村山談話、同60年の小泉談話とほぼ同じ長さ)以内とすること――である。条件(1)が示すように、戦後70年談話を、日本の外交戦略上の意味を考慮して作成するとしたらどのような内容が望ましいかについて、考えを求めたものとなっている。
いうまでもなく談話の内容はさまざまだが、いくつかの共通点がある。第一は、戦後70年間における日本の優れた実績に言及していることである。日本が戦争による荒廃から立ち直り、豊かな経済社会を実現した実績、そして一貫して民主主義と平和を尊重してきた実績は、ほとんどの談話の中で強調されている。
第二に、ほとんどの談話は、日本が今後とも、世界の平和と繁栄に貢献していくことを表明している。ディアスカイエロスは、終戦直後の日本の貧困に言及して、そこからの復興を通じて得た教訓やそれを支えた勤労倫理の伝播によって、世界の経済・環境問題の解決に寄与すると述べている。一方、星は、経済だけでなく外交・安全保障における貢献に踏み込んで、積極的平和主義を通じて世界平和に貢献することを表明している。また、フィンガーは、国連常任理事国としてリーダーシップを発揮する意欲に言及している。
このように、日本の戦後の実績を強調し、それを踏まえてさらに国際的な貢献を拡大するという前向きの姿勢が多くの談話で示される一方、第三の共通点として、戦前・戦中における日本の行為に対する反省ないし悔恨がすべての談話で述べられている。ホロウェーは村山談話の反省とおわびの部分を引用したうえで、「今、同じ厳粛さで村山談話を踏襲したいと思います。それが日本の首相として正しいことだからです」としている。ドウスは連合国による極東裁判に言及し「誤った判断と間違った理想によりこの戦争をもたらした指導者たちは、国際裁判において正当な法の裁きを受けました。日本政府はその判決を受け入れ、その立場は70年近く変わっていません」と明確に述べている。
そして、積極的平和主義を掲げる星の談話でも、日本の植民地支配と武力による侵略が大戦を引き起こし、特にアジアの近隣諸国の人々に甚大な苦しみを与えたことに「深い反省と心からのお詫びの気持ち」が表明されている。
アジア・太平洋地域に関する研究に長く携わってきたこれら研究者の談話原稿を読んであらためて考えたことは、第一・第二の共通点として挙げた、戦後日本の実績を高く評価し国際貢献を拡大していくという前向きの主張と、第三の共通点である戦前・戦中の日本の行為に対する反省・批判は矛盾するものではなく、むしろ後者が前者を支える関係にあるという点である。
将来にわたって日本が国際社会で信頼を獲得し、自らの発言力・影響力を高めるためには、その前提として、現在の日本がどのような立場、価値観に立っているかを明らかにする必要がある。具体的な論点の例をあげれば、安倍晋三首相は、しばしば力による現状変更は受け入れられないという見解を表明している。この見解は、今日の世界の状況を見るとき、くりかえし強調するに値する。
日本によるこの主張に説得力を与え、国際社会の中で有力なものとするためには、日本がかつて行った侵略、すなわち文字通りの「力による現状変更」の試みがアジア諸国と日本国民に甚大かつ悲惨な被害をもたらしたことを率直に認めたうえで、それに関する真摯な反省・悔恨と謝罪の意思を表明し、そうした行為の背景にあった制度と国粋主義的価値観を戦後の日本が払拭したことを示す必要がある。戦後70年談話はそのための重要な機会である。
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