コラム 外交・安全保障 2015.05.25
今国会で議論される安全保障法制は、「平和安全保障法制整備法」(10本の法律改正をパッケージ)と「国際平和支援法」(新規立法)からなる膨大な内容となっている。国家の基本政策である安全保障体制の基盤を整える2つの法案ではあるが、その内容は多岐にわたり、かつ複雑でわかりにくく、何を論点とすべきかについても国内の議論には多くの混乱がみられる。
今回の安全保障法制の目的を一言でいえば、厳しさを増す国際環境に対して「切れ目のない」(シームレスな)安全保障体制を整備することだ。したがって、従来の日本の法制度における「切れ目」の弊害を把握し、新しい安全保障法制によってこれらの弊害がどれほど克服できるのか、これを検証することが第一義的な問題設定となるべきである。
そもそも現行の法制度の「切れ目」の弊害とは何か。ここでは大きく①事態の段階、②地理的空間、③他国との協力という3つに分類して考えたい(参考:神保謙「シームレス:切れ目のない安全保障体制」『読売新聞』5月25日付)。
①「事態の段階」(平時から緊急事態に至る段階)で特に注目されているのは、武力攻撃に至らない事態(=グレーゾーン)の重要性の高まりによって、警察権と自衛権の「切れ目」が生じ、これを埋める必要が生じていることである。②「地理的空間」ではかつての「周辺事態」として想定された朝鮮半島周辺の地理区分にとどまらず、海洋安全保障(東シナ海・南シナ海・インド洋・中東地域)の広域空間の戦略的重要性が高まり、さらにさまざまな形態の国際平和協力や共同対処に参画する必要性が増したことがある。また③「他国との協力」については、個別的自衛権と集団的自衛権の「切れ目」を限定的ながら克服し、また支援対象も米国以外の他国に拡大する。さらに、国際平和協力における武器使用権限を国際標準化して、日本と他国との「切れ目」をなくしていくということになる。
これらの論点にそれぞれ対応しているのが、自衛隊法の改正(①③)、国際平和協力法の改正(②③)、重要影響事態安全確保法(②)、船舶検査活動法改正(②)、事態対処法改正(①③)、国際平和支援法(②③)と捉えるとわかりやすい。問題は、これらの法改正と新規立法が、どれだけシームレスな安全保障体制を確立できるのかである。
基本的に筆者は今回の安保法制整備の構想を画期的とみなし、その意義を高く評価する立場であるが、ここでは4つの論点に絞り敢えて問題提起を試みたい。
第1はグレーゾーン事態への対応である。警察権と自衛権の「切れ目」を埋める方法には、海上保安庁及び警察の能力と権限の拡大と、自衛隊による警察権行使の適用拡大という「下→上」・「上→下」の双方のアプローチがある。今回の安保法制では、グレーゾーン事態に対し「上→下」の①自衛隊の海上警備行動及び治安出動の迅速な閣議手続き(2015年5月14日閣議決定)、②平時に活動する米国等に対する武器等防護(自衛隊法第95条の2)を当てはめようとしている。
海上保安庁のみで対応できない事態に、自衛隊の出動(海上警備行動・治安出動)を柔軟に担保することは重要である。しかしもう一方の「下→上」の海上保安庁の権限拡大については海上保安庁法20条(警察官職務執行法第7条の規定の準用)に雁字搦めになっている武器使用権限をどうするかについての議論は欠落したままである。当該事態に対して海上保安庁の権限と能力を拡大して警察権(ホワイトホール)を拡大するのか、それとも軍事組織を早期に投入するのかは「エスカレーション管理」の戦略に関わる問題である。この戦略論こそが、法制度に反映されなければならない。
第2は「重要影響事態」の定義をめぐる齟齬である。今回提出されている「重要影響事態安全確保法」は、1999年に制定された「周辺事態法」を改正することが主旨となっている。その要点は、①「周辺事態」という概念を削除し地理的空間を拡大、②支援対象を米軍だけでなくその他の外国軍にも拡大、③後方支援活動のメニューを拡大したことである。
しかし、ここではもう一つの「重要影響事態」を想起する必要がある。それは先般合意された「日米防衛協力のガイドライン」における「B.日本の平和及び安全に対して発生する脅威への対処」に記載されている「重要な影響を与える事態」である(双方の英文表記は同じ)。ガイドラインで注目すべきは同事態の定義に「当該事態にいまだ至っていない状況において、両国の各々の国内法令に従ってとり得るものを含む」として、グレーゾーン事態に対する日米双方の取り組みも念頭に置いていることである。
同じ「重要影響事態」でも前者の安保法制では朝鮮半島における有事などの際に、武力介入する米軍等の後方支援が法案の原型であるのに対し、後者のガイドラインでは日本が直面するグレーゾーン事態に対するエスカレーション管理の一貫という意味合いが強い。以上を鑑みると、安保法制とガイドラインには定義の異なる二つの「重要影響事態」が存在していることになる。両者の概念を統一する法的枠組みが必要なのではないか。その意味では「重要影響事態安全確保法」を単なる周辺事態法の改正として位置づけるのは不適当である。
第3は武力行使の新3要件として提示された「存立危機事態」をめぐる問題である。筆者はかねてより、日本が集団的自衛権の行使を認めることは当然という立場で議論をしてきた。この観点から、昨年7月1日の閣議決定において武力行使に関する新3要件として「我が国と密接な関係にある他国」を含めたことは画期的であった。しかし、与党内調整において「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という定義が付加された結果、集団的自衛権の行使によって本来担保されるべき施策が大きく制約される懸念がある。
その象徴的な事例は、日本のミサイル防衛システムによる他国防衛である。日米防衛協力のガイドラインには、日米両国がミサイル防衛に関する協力を推進することが明記されている。かねてより論点となっていたのは、日本のイージス艦に搭載される予定の能力向上型の迎撃ミサイルが、日本の領域外(例えば米国領土や洋上に展開する米軍部隊)を飛翔するミサイルを迎撃できるかという問題だった。今回の新3要件における「存立危機事態」でこの他国防衛を読み解くことができるかは、甚だ疑わしいと言わざるを得ない。また、他国への武力攻撃には「予測事態」といったリードタイムをとる概念がなく、自衛隊法82条の3(弾道ミサイル等に対する破壊措置)の行動規定も、日本に現に飛来する弾道ミサイルを対象としており、他国防衛に関しては放置されたままの状況である。このままの状況では、日米のミサイル防衛の共同行動には重大な支障が生じる可能性を危惧する。
第4は国際平和協力法の改正をめぐる問題である。今回の改正案の焦点となっているのは国連平和維持活動(PKO) の「参加5原則」において「(紛争当事者の)受入れ同意が安定的に維持されていることが確認されている場合」、駆けつけ警護を含む任務遂行型の武器の使用を可能としたことである。この方向性自体は、日本のPKO参加を国際標準に合わせていく上で必要不可欠であり歓迎すべき改正である。
しかし、問題となるのは前提となる「受入れ同意が安定的に維持されている」という状況認識である。前述の閣議決定(2014年7月1日)では、当事国(者)の受入れ同意があれば「紛争当事者以外の『国家に準ずる組織』が敵対するものとして登場することは基本的にないと考えられる。このことは、過去20年以上にわたる我が国の国際連合平和維持活動等の経験からも裏付けられる」という認識が示されている。これは現況の国際平和活動が直面している課題に即していえば、控えめに言っても甘すぎる状況認識である。
現代の中東・北アフリカ・西アフリカにおける秩序の不安定化は、しばしば広域に偏在する越境型の武装組織(ときに高度に組織化されている)による破壊活動によってもたらされている。これは国家の分裂等によって紛争当事者が固定的に存在していた90年代の状況とは大きく異なる。上記地域に展開される現代のPKOは、越境型の過激組織のテロ活動や急速な治安の悪化等の事態の変化に対応することが求められるのである(現在自衛隊が派遣されている南スーダンも同様の課題を抱えている)。その意味では、現行の改正案は悪く言えば20年遅れの議論をしているといっても過言ではない。こうした時代遅れの想定によって、結果としてPKO派遣地域が限定されたり、自衛隊員が危険な状況に見舞われることは本来の目的ではないはずだ。より現代の実情に即したPKO参画の法的基盤が形成されることを期待したい。