コラム  外交・安全保障  2015.05.01

日米防衛協力のガイドライン:シームレスの概念をめぐって

 日米両政府が合意した「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の焦点となる概念は、平時から緊急事態までのいかなる段階においても抑止力及び対処力を強化する「切れ目ない(シームレスな)」日米協力である。新ガイドラインにおいてシームレスな日米協力が強調される背景には、1997年に策定された旧ガイドライン(平時・有事・周辺事態の3類型)で想定されていなかった2つの安全保障環境の変化がある。

 第1は「武力行使に至らない状況(いわゆるグレーゾーン事態)」が日本の安全保障に与える影響が深刻化していることである。離島防衛などに想定される様々なシナリオにおいて、警察・海上保安庁と自衛隊との連携を深め、米国の関与をどのように位置付けるかが重要な課題となっていた。第2は中国の急速な軍事的台頭に伴う長期的な「競争戦略」の一環として日米同盟を位置づける必要が生じていることである。中国の台頭に伴うパワーバランスの変化のなかで、紛争の烈度に応じた段階的(エスカレーション)管理を緻密にする必要性とともに、高烈度(ハイエンド)紛争への備えも必要となる。

 今回のガイドラインにおいて、第1の論点では平時における日米協力の充実・連携の強化を明確化(「平時からの協力措置」)し、紛争の初期段階から米国の強い関与を打ち出したことが特徴的である。特に平時における同盟調整メカニズムの設置、日米共同の警戒監視活動、互いのアセット(装備品等の)防護、そして有事における島嶼攻撃の阻止と奪回のための共同作戦の明記は、重要な焦点となっている。

 第2の論点では、平時から有事にいたるあらゆる状況においても「領域横断的な作戦」(cross-domain operation)を実施することが謳われている。いわゆる接近阻止・領域拒否(A2/AD)環境における作戦アクセスの確保のため、米軍の打撃力と自衛隊の作戦支援活動が重視されている。日本のとるべき措置として挙げられているのが情報収集と共有、警戒監視、アセット防護、後方支援、施設の利用等である。とくに施設の利用についてはさらなる抗たん性(resiliency)と民間空港・港湾を含む柔軟利用が鍵となる。これは米軍が戦域内作戦(in-theater operation)を円滑に実施する上で、決定的に重要な要素となる。

 シームレスな日米協力に関する今回のガイドラインの重要性を十分に認識しながらも、いくつかの問題点を指摘したい。第1の論点については、平時における日米共同行動については具体的な措置が並んでいるが、グレーゾーン事態における米国の関与については実際は不明確な点が多い。ガイドラインに掲げられた「日本の平和及び安全に対して発生する脅威への対処」では非戦闘員を退避させる活動、海洋安全保障、避難民への対応のための措置、捜索・救難、施設・区域の警護、後方支援、施設の利用の列記にとどまっており、ここからグレーゾーン事態とそのエスカレーション管理に際する米国の関与を見いだすことは難しい。

 第2に高烈度(ハイエンド)紛争への備えで重要なのは、前述のとおりA2/AD環境下での米軍の作戦アクセスの確保である。そのためには今後厳しい環境の下に置かれる在日米軍基地の抗たん性を高め、必要に応じて柔軟に分散利用することについて、ホスト国である日本の積極的対応が求められる。日本側には平時とグレーゾーンを重視し、ハイエンド紛争を軽視するきらいがなかっただろうか(そもそも「防衛計画の大綱」には大規模武力紛争の可能性は低いという記述がある)。中国に対する長期的な「競争戦略」を日米間で共有する議論を発展させる必要があるだろう。

 第3は台頭する中国との長期的な「競争戦略」の中では、かつての「周辺事態」(1997年のガイドライン)もハイエンド化する可能性を想定しなければならない。しかし今回の与党内協議で生み出された「存立事態」(日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険のある事態)という複雑な定義が導入された結果、1997年の「周辺事態」(そのまま放置すればわが国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態)よりも、むしろ概念の範囲が著しく限定されるきらいがある。例えば、朝鮮半島や台湾海峡で紛争のエスカレーションの予兆がある事態に対し、こうした概念規定をどのように当てはめるのか。日米のシームレスな安全保障協力を目指したはずが、「存立事態」によって切れ目ができてしまうようでは本末転倒である。

 今後の安保法制をめぐる連立与党内及び与野党間の議論では、「シームレス」な安全保障体制をどのように構築するか、を正面から捉えた論戦が展開されることを強く期待したい。