昨年8月上旬、人民日報に3日連続で「新常態」(ニューノーマル)に関する評論が掲載された。それ以降、「新常態」は中国の経済政策運営の基本方針を表す表現として定着した。
■中国政府による「新常態」の説明
昨年12月に開催された中央経済工作会議において、「新常態」は次のように説明された。
(1)高速成長から中高速成長への転換
(2)成長率重視型の粗放型成長モデルから成長の質・効率重視の集約型成長モデルへの転換
(3)供給能力拡大重視型経済構造から供給能力適正化重視型経済構造への転換
(4)伝統的経済発展推進力から新型経済発展推進力への転換
このような中国政府による新常態(ニューノーマル)の説明を読んでも、その中身が分かりにくいと感じるのは外国人だけではなく、おそらく大半の中国人も同様であろう。
中国経済は2012年第2四半期以降、雇用と物価の安定を保持しており、不動産市場も昨秋以降、徐々に安定を回復しつつあるなど、マクロ経済は良好なバランスを保持しながら適度な成長速度での高度成長を維持している。新常態とはこのバランスのとれた適度な高度成長を保持するための政策運営方針を示したものである。
しかし、そうした全体像の実態を理解せず、一部の経済指標の動きや特定地域の経済状況だけを見て、中国経済は失速している、不動産市場はバブル崩壊が迫っていると誤解している人が多い。
そこで以下では、やや粗っぽい表現ではあるが、「新常態」下の経済政策運営について、筆者なりの分かりやすい解釈を紹介したい。
■「新常態」の分かりやすい理解の仕方
「新常態」=ニューノーマルとは2つのアブノーマルからの脱却を意味すると理解すれば分かりやすい。
2つのアブノーマルというのは、2002年から2012年までの10年間にわたる胡錦濤・温家宝政権時代に見られた不適切な経済政策運営のことである。
2012年春以降、実質的に習近平・李克強体制の主導により、中国経済はアブノーマルな時代からニューノーマルの時代へと移行したというのが筆者の理解である。
成長速度の適正化
前政権時代の第1のアブノーマルは速すぎた成長速度である。前政権の最高指導部は中国国内のあらゆる地域のあらゆる産業が好景気を謳歌する状態が望ましいと考えていたように見える。
このため、中央および地方政府、国有企業等の景気拡大重視派の求めに応じて、全産業、全地域が喜ぶように景気刺激策を実施した。
米国、中国、日本のような経済大国では通常、産業分野別、および地域別の経済状態のばらつきが大きい。金利引下げ、貸出増大、財政支出拡大といったマクロ経済刺激策によって景気が悪い産業や地域経済を全て救済しようとすると、元々景気が良かった産業や地域は景気が良くなり過ぎて景気過熱に陥る。
こうした経済政策運営により、前政権時代は景気回復局面において景気刺激が行き過ぎて景気過熱に陥った。事実、前政権の10年間に3度もインフレが発生し、一般庶民は物価高に苦しんだ。
中央政府はインフレを未然に防ぐことに失敗し、景気過熱になってから急速な金融引き締めを実施したため、景気変動の波が大きく、中国経済は常に不安定な状態だった。
こうした政策運営の下では、企業や地方政府は短期的に好景気を謳歌するが、良好な状態は長続きせず、すぐに景気過熱を招き、一般庶民はインフレによって生活苦を強いられた。
これに対して習近平政権への移行後、中国経済は雇用・物価ともに中長期的に安定を保持しており 、産業別・地域別ばらつきはあるが、一般庶民の生活は概ね安定している。
ただし、経済全体としての適正な成長速度の保持を重視しているため、一部の産業は好調な一方、一部の産業は不景気が続くなど、産業別・地域別にはまだら模様の状態が続いている。
競争力が乏しく不景気が続いている産業分野の企業や地域の政府関係者は当然この状態に不満を持っている。しかし、習近平政権はそうした産業や地域に対して補助金を与えて甘やかすことをしない。市場メカニズムに基づき競争力のない企業の整理淘汰を促進している。
以上が「新常態」の1つ目の特徴である。
経済構造の筋肉質化
第2のアブノーマルは経済成長の中味の不健全さである。現在中国は、鉄鋼、セメント、硝子、石油化学、造船など主要製造業の過剰設備と3~4級都市における住宅の過剰在庫の削減に取り組んでいる。
これらは主に、2008年9月のリーマンショック後の深刻な景気後退からの回復のために実施された、いわゆる4兆元の景気刺激策によって生じた過剰投資のつけである。
2011年以降、固定資産投資全体の伸び率鈍化傾向が続いている。2010年頃までは固定資産投資の伸び率が前年比30%近い高い伸び率を示していた。しかし、その後年々伸び率が鈍化し続け、2014年は通年で15.7%の伸びに留まり、今年の1~3月は13.5%にまで低下した。
これは非効率な企業への補助金の削減、銀行貸出の抑制などにより経済構造の効率化・健全化を図ることを目指している政府の政策運営の意図した結果である。過剰設備、過剰住宅在庫など、いわば余分な脂肪をそぎ落とし、筋肉質の体へと肉体改造を図っている。
前政権下では、高過ぎる経済成長率目標が設定され、その目標達成ばかりが重視され、成長の中味は厳しく問われなかった。設備投資でも住宅投資でも投資の質にかかわらず投資金額さえ増えれば、GDPは増大する。
しかし、そうした盲目的な投資によって生じた非効率・不健全な投資は不良債権化し、そのつけは将来の設備の稼働率低下による企業収益の悪化や不動産価格の下落による損失という形で大きなダメージとなる。習近平政権はこのような形で前政権が残した負の遺産の処理に取り組んでいる。
以上のように、前政権による2つの不適切=アブノーマルな経済政策運営を改め、適切=ノーマルな政策運営へと移行したことが「新常態」の意味である。
■今後の中国経済の展望
「新常態」下の経済政策運営によって経済成長の速度と中味が健全化すれば、企業は収益拡大を持続しやすくなる。同時に、健全な市場競争の導入により非効率企業が淘汰され、トータルとしての中国の産業競争力が向上する。
ただし、「新常態」だけでは十分ではない。そこに国有企業改革の断行と規制撤廃による市場メカニズムの導入促進が加わって初めて、産業競争力の持続的な向上が実現する。
筆者は2020年から2025年の間に中国の高度成長時代が終わる可能性が高いと予想している。
もし「新常態」下の経済政策に国有企業改革の早期実行と規制撤廃が加われば、高度成長が長期化する可能性が高まるほか、安定成長への移行後も経済が急減速するリスクを小さくする効果が期待できる。
その間、日本企業にとっての中国市場の拡大速度はGDPの拡大速度を上回り、日本企業に大きな恩恵をもたらす。
日本企業にとっての潜在的な顧客層の人口は、1人当たりGDPが1万ドルに達した都市の人口の総合計である。それは2010年の1億人から、2020年には7~8億人にまで増大する見通しである。
中国の高度成長時代の長期化は、日本企業にとって中国市場の需要拡大を活用できる「チャイナノミクス」の時代が長くなることを意味する。
2020年には日本経済の3倍以上に達する巨大市場の高度成長は日本経済にとって強力な経済成長押し上げのエンジンとなるはずである。日本政府のアベノミクスによる自律的景気拡大とチャイナノミクスの組み合わせによって、日本経済が復活すれば、それは日本にとっての「新常態」である。